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   弐 ページ2

Aは梅の花と『壱七』と書かれた札の籠を見つけると、小走りに歩く。重く曇った空が泣き出す前に部屋に戻りたかった。

籠の洗濯物の主は、下級妃嬪であった。与えられた個室は他の下妃に比べ豪華で派手だ。豪商の娘かなにかだろうか。
位持ちともなれば自分専用の下女を持つことができるが、位の低い妃はせいぜい二人までしか置くことができない。ゆえに、Aのような特に主のいない下女が、こうして洗濯物を運んだりするのである。

下級妃嬪は後宮内で個室を持つことを許されているが、場所は宮内の端にあり、皇帝の目につくことはめったにない。それでも、一度でも夜伽を命じられれば部屋の移動ができ、二度目の御手付きは出世を意味している。

一方、食指を動かされることなく適齢を過ぎた妃は、よほど実家の権力がない限り位が下げられるなり相応の対応をされる。下賜されることもある。それが不幸かどうかは相手にもよるが、宦官に下賜されることを官女たちは一番恐れているようだ。


Aは扉を軽く叩く。

「洗濯物?そこにおいといて」

扉を開け無愛想な返事をするのは、部屋付の侍女だった。
中では、甘ったるい匂いを漂わせた妃が酒杯を揺らしている。
宮内に入る前は誉めそやされた美しい容姿であったのだろうが、所詮、井の中の蛙。絢爛の花々に気圧され、鼻っ柱を折られ、最近は部屋の外にも出ようとしなくなった、といったところか。

(部屋の中じゃあ、だれも迎えに来てくれないよ)

Aは隣の部屋の洗濯籠をもらうと、また洗い場に戻った。


仕事はまだたくさん残っている。
好きできたわけではないが、お給金はいただいているのでその分の働きはするつもりである。
 
基本は真面目、それがAである。

大人しく働いていればそのうち出られる。
御手付きになることはないだろうし。

 

残念なことにAの考えは甘かったといえる。
何が起こるかわからない、それが人生というものだ。

Aは齢十七の娘にしては達観した思考の持ち主であるが、それでも抑えられないものがあった。

好奇心と知識欲。

そして、ほんの少しの正義感。

この数日後、Aはある怪奇の真相を暴くことになる。

後宮で生まれる乳幼児の連続死。
先代の側室の呪いだと言われたそれは、Aにとって怪奇でもなんでもなかった。

二人の妃 壱→←後宮 壱



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作者名: | 作成日時:2024年1月18日 22時

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