傾国のひとりごと (ページ1)

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後宮　壱ページ1

(露天の串焼きが食べたいなあ)

曇天を見上げてAは溜息をついた。

周りは自分が今まで見た中で最も美しく煌びやかな世界、そして瘴気蠢く濁った澱の中だった。

(もう三か月かぁ、とうさん、ちゃんとご飯食べてるかな)

先日、薬草を探しに森に出かけてみれば、出会ったのは三人の人さらい。まったく強大で迷惑極まりない結婚活動、略して婚活、宮廷の女狩りである。

まあ、給金はもらえるし、二年ほど働けば市井に戻れなくもない。就職先としては悪くないのだが、それは個人の意思で来た場合である。
元々それなりの生活をしていたAにとっては、唯々はた迷惑な話なのだ。

恐らく、人さらいどもは妙齢の娘を捕まえては売り、酒代を稼いでいるのだろう。あるいは己の娘の身代わりにでもさせたのか。
ともかく、どんな理由であれとばっちりを受けたのに変わりはないのである。

でなければ、後宮なる場所になど一生関わりたくなかった。

むせ返るような化粧と香。美しい衣を纏う女の唇に張り付いた、薄っぺらい笑み。

Aは思う。
女の笑みほど恐ろしい毒はないと。
それは殿上人の住まう御殿も城下の花街も変わらないのだと。

Aは足元の洗濯籠を抱え、建物の奥に向かう。
殺風景な中庭には石畳の水場があり、男とも女ともつかない者たちが大量の洗濯物を洗っていた。

後宮は基本男子禁制である。入れるのは、国で最も高貴な方とその血縁、あとは大切なものを失った元男性のみ。
歪だが、それが理に適っているからやっているのだろう。

籠を置くと、Aは並べられた籠を見た。汚れ物ではなく、日の当たった洗濯済みのものである。

持ち手にかけられた木札を見る。植物の絵と数字が書かれている。

女官の中には字が読めないものも多い。宮廷に入る前に最低限の礼儀くらいは教えられるが、文字となると難しい。識字率は田舎の娘で半分越せば良い方なのである。

大きくなり過ぎた後宮の弊害と言える、「量は増えたが質が悪い」。
先帝の御世には到底及ばないものの、この花園も妃、女官合わせて二千人、宦官を加えると三千の大所帯だった。

Aはその中で最下層の下女である。特に後ろ盾もない娘にはそれが妥当なところである。

まあ、牡丹のように豊満な肉体や、満月のように白い肌でも見せていれば、妃の位につく可能性もあっただろうが、
Aが見せる珍しいものといえば紫水晶(アメシスト)の瞳くらいで、後はそばかすの浮いた健康的な肌が残るのみである。