夢、さまよう。 ページ9
この人は俺の秘密を知らない。
言ってしまえば、彼が見たスター性とやらは所詮俺が受け継いだ器の付属品でしかないんだ。
アイドル。ブレイクできれば、こんな風に褒められることも増えるのだろうか。その度にこの綺麗な器で、愛想笑いをして……
自分のものじゃないんだ。その言葉も、なにもかも。
オーディションを受けた記憶さえ持っていないのに、この話に夢を掲げ、努力する。この事務所にいると言う、青春の全てを懸けてきた人達と共に。
ふざけるな、と自分でも思った。
だけど今自分の目の前の人は、マニュアルやプライドさえ取っ払って、人と人として俺に向き合ってくれている。
目を合わせた瞬間、今の俺の存在はどこに行っても失礼なんだなと悟った。
自然と体の重心が後ろへ傾く。
それを繋ぎ止めるように、男性は前のめりになった。
「今の私は本当に情けない。そんなことは百も承知しているんです。でも言おうが言わまいが情けないことに変わりはなかったでしょう」
自傷的な笑み。
慰めるようなそれに、吸おうとした空気がつっかえた。
彼の情熱と自分の虚無感が交わって、体の中はとてつもなく熱いのに、感じる空気はじっとり湿って気味悪く冷えている。
だめだな、と思うと同時に、顔の力がふっと抜けた。
視力だけじゃなくて心まで若返ってるのかもしれない。
なんかいろいろ溢れすぎて、もうおっさんいっぱいいっぱいなんだけどな。
どうすればこの気分から抜け出せるか、頭にはもうそれしかなかった。
ソファーにもたれ唇をかたく結んだ俺を見たからか、向かいから小さなため息が聞こえた。
「Aさん」
男性はすぐにぴんと背筋を伸ばし、しっかりと俺を見た。さっきの偶像を崇拝するような熱っぽい視線はなく、ただ見つめられていた。
見当違いかと思ったのに、これは一周回って当たってるのかもしれない。
ついに見限られたか。
冷えきった頭のまま、姿勢を正した。
「Aさん」
「あなたには夢を見せる力があります」
不意にぐわっと視界がぶれた。
既視感にあの電車での始まりを思い出す。
遠い日常。
あのまま、しがない一サラリーマンのままだったら、俺の人生は後悔なく円滑なものだったのか。
答えることは容易だ。
元の俺のまま、なにも偽りない、そんな日々にさえ後悔があるなら。
「……私に言えるのはここまでですね」
二つの視線に当てられた紙切れは、なんとも頼りなかった。
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mask(プロフ) - いいえ、こちらこそすみませんでした。ご丁寧な返事ありがとうございました。次の更新を楽しみにしてます! (2018年5月31日 22時) (レス) id: b5f8d2284e (このIDを非表示/違反報告)
しゃおとぅん(プロフ) - maskさん» それでも分かりづらい時はお手数おかけしますがもう一度コメントしていただけると嬉しいです。そこでまた考えようと思います。ご要望に沿えず申し訳ありません。 (2018年5月27日 10時) (レス) id: fd1bf708ad (このIDを非表示/違反報告)
しゃおとぅん(プロフ) - maskさん» コメント、応援ありがとうございます!名前表記の件ですが、今のところはまだ要検討ということでお願いします。これから日常パートでメンバー同士の会話も増やしていこうと考えていて、なるべく描写や口調で見分けられるようしていくつもりです。 (2018年5月27日 10時) (レス) id: fd1bf708ad (このIDを非表示/違反報告)
mask(プロフ) - 誰がどのセリフを言ってるのかあまりわからなかったので、「」の前に喋っている名前を付けていただけると嬉しいです…!それとは別に、自分が何者かいまいち謎なまま進んでいく物語というのが新鮮で、すごく面白いです!頑張って下さい! (2018年5月26日 18時) (レス) id: b5f8d2284e (このIDを非表示/違反報告)
しゃおとぅん(プロフ) - ツバキさん» コメント、アドバイスありがとうございます!次の更新で取り入れようと思います! (2018年5月4日 12時) (レス) id: fd1bf708ad (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:しゃおとぅん | 作成日時:2018年4月22日 6時