悪い噂 Ⅱ (ページ37)

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「アイスコーヒー2つで」

ファミレスに入ってすぐ店員さんにそう告げる樹くんを見て、いつかの北斗の家でのことを思い出す。

‘‘ 貴方がこの家に来た時に出せるようにね ’’

なんて言って、私がなにも言ってないのにココアを出してくれた北斗はやっぱり私のことをちゃんと見てくれていたんだろうなって。

大人ぶっている私を本当の私だって思ってる樹くんと、そんな嘘を簡単に見破ってくれる北斗。
幸せにしてくれるのなんて、どっちか明らかなのにずっとずっと樹くんだけを追っていた。

その事実が馬鹿らしいけど、愛おしい。

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「それで、さ。北斗のことだけど...」

『ごめんなさい。私今、北斗と付き合ってる』

しっかり、目を見て、伝えた。
私は後悔してないよって伝わるように。

『樹くんに言った言葉、嘘じゃないんだよ。
本当に好きだったし、強がらないでほしいと思った。
でも、自分勝手だけど疲れちゃって、苦しくなって、そんな私を見捨てないで救ってくれたのは他の誰でもない、北斗だったから』

だから、って続けるとテーブルの上に置いていた樹くんの手が私の手と重なった。

「ごめんね。俺が中途半端にAちゃんを縛り付けてたよね」

『え、？』

「舞花のこと好きって言いながら、Aちゃんにずっと俺のこと好きでいて、なんて都合良い言葉を並べて、なにかある度に甘えて、一丁前に北斗に嫉妬して...」

違う、嬉しかった。
私はそんな樹くんの不器用なところが大好きだった。

「ごめんね、縛りつけて。今までありがとうな」

ふわっと笑った樹くんは北斗と重なった。
苦しそうな、それでいて愛おしむ目。
大好きだったくしゃっと笑う彼はそこにはいなかった。

「北斗と幸せになりなよ、俺なんかより北斗の方が幸せにしてくれるんだから」

そう言うと残りのアイスコーヒーを飲んで「最後だからこれぐらい奢らせてね」と言って伝票を持ち「Aちゃんはゆっくり飲んでね。じゃあね」という言葉を残してその場を去った。

樹くんがいなくなってから溢れた涙の理由はよく分からない。

苦しいのか、寂しいのか、申し訳ないのか、愛おしいのか

そんなのよく分からないけど「A、」って隣に座って抱きしめてくれた北斗に酷く安心した。