固陋旬愚 ページ26
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――黒い服は持っていなかったから、母のクローゼットを開けて、はじめに目についたものを羽織った。
嗅ぎなれた朝の空気も
見慣れた通学路も
今日は
今日だけは
もうなにも感じない。
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里桜高校周辺に、事前告知のない帳がおりたと窓から通報があった。
諸々の手続きに追われていた伊地知はハッとある少女を思い出した。
Aだ。
吉野順平の監視のために準備をしているはずだが……。
嫌な予感が全身を駆け巡り、伊地知はやりかけていた仕事を放り投げ、地下へ急いだ。
「……あたしは行くよ」
だれかと、恐らく七海と電話をしていたAは通話終了ボタンを押し、スマホをポケットにしまっていた。
伊地知の足音にAの顔が上がる。
心が暖まる笑顔は、今の彼女にはない。妙に落ち着き払った、頑として動かない強い意志を秘めた目が、伊地知を射抜く。
後ずさりしそうになるのをこらえて、伊地知は腹に力を込めた。
「どいて、伊地知さん」
「……私たちの仕事は、人助けです」
拳を握りしめる伊地知の脳裏には、少年院での出来事が鮮やかに蘇っていた。
三人を死地へ送り出した。まだたった十五、六の少年少女を、だ。
一人は意識を失い、もう一人も重症。そしてあと一人は――。
「虎杖、死にました」
冷たくなってしまった同期を、まるで硝子細工のように優しく持ち上げた青年は青白い頬に黒髪を貼りつけて立っていた。
「その中にはまだ、君たち学生も含まれます」
あのとき誓ったのだ。
「行ってはいけません。虎杖さん」
私はもう、間違えない
季節に似合わない桜が横を通り過ぎた。
赤いスニーカーが駆けた。
「ごめん、伊地知さん」
どうして、君はそんなにも優しいのだろうか。
謝りたいのはこっちだ。
謝っても許されないのはこっちだ。
死んでほしくない。絶対に死んでほしくない。
でも、友を救えないと泣く彼女を見てもいいとは、到底思えなかった。
桜色の髪が曲がり角を曲がるのを見送り、伊地知は息を吐いた。
止められなかった。
なら、今からすることは決まっていた。
伊地知はスマホを取り出し、七海へ電話をかけた。
「――七海さん、里桜高校へ……虎杖さんが」
彼女を死なせないためにできることはまだある。
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柊(プロフ) - ハルヒさん» ハルヒさん、コメントありがとうございます!私もこの2人が大好きなんです〜!応援ありがとうございます!頑張ります!! (2021年1月13日 23時) (レス) id: 64b7ea7410 (このIDを非表示/違反報告)
ハルヒ(プロフ) - ヒェッ…ナナミン好きやからこの2人のカプ嬉しい…応援してます頑張ってください!!! (2021年1月13日 23時) (レス) id: 46554589d7 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:柊 | 作成日時:2021年1月6日 0時