幸せだからいい〜その2〜【名前変換オリジナル】

矛盾 ページ7

-Aside-

　由貴の真剣な目に優しく捕らえられて室内に入る。
　六人掛けの白い机の内の一つに座ると、由貴が給茶機からお茶を二人分汲んでくれた。

　私が表情を見せなくてもいいように隣合って座ってくれた彼女の、その気遣いが嬉しかった。

　何も話さない時間が一秒ずつ重なる。橙色の光が斜めから差し込む部屋に、秒針の音だけが響く。その音が鳴る度に、彼との別れが現実味を帯びてくる。


　瞼を閉じると、楽しい思い出だけが浮かび上がって、甘い囁きが耳に蘇る。

　何かを堪えるため、机に伏せる。眉間を寄せて、必死に耐えるけれど、湧き上がるものは止まらない。鎮まれ、消えてしまえ、そう思うほど、それは募る。


　ふと、背中に温もりを感じて、それが由貴の手だと分かる。その体温が私を弱くする。


「よく、頑張ったね……」


　たった一言、彼女のその柔らかい一言が、涙の湖の堰を切った。

　ポタポタと同じ道を何度も通って頬を伝う水滴。気付いたときには、子供のように声をあげて泣いていた。


　ずっと胸の内が矛盾だらけだった。

　奥さんと朝倉さんに幸せになって欲しいなんて、出来すぎた考えを作り上げた反面、別れたくないと思っていた。

　彼は既婚者だから私とは結ばれないと割り切りながらも、未来を望んでみたり嘆いてみたりした。

　解放して欲しいと思いながらも、離して欲しくないと願って、最後の最後まで期待していた。

　だから、自ら決めた別れでも、今、体を埋め尽くしているのは、哀しみ。



　由貴はそれから何も言わなかった。
　背中の温もりは消えることはなく、優しい摩擦が繰り返されていた。

　涙が乾いて、少し突っ張る肌を感じる。部屋の中はすっかり夕闇に飲まれていた。

「A、今日は家に来る？」

　帰りたくない。彼女に甘えたい。
　けれど、生憎あの同居人の晩御飯を用意していない。

「ありがとう、由貴。でも、帰らないと……」

　こんな時すらも反抗できない自分を憎みつつ、携帯に目を移す。

　着信の中に、彼の名前は無かった。

　心が潰されそう。

「そっか、でも、何時になっても来てもいいからね」

「ごめん、やっぱり後で行っていい？」

　引いたはずの涙がまた浮かんできた。

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