幸せだからいい〜その2〜【名前変換オリジナル】

雪解け ページ37

-恵美side-

　出迎えに行きたいけれど、こんな時に限ってすぐに行けない自分を恨みながら、火を止めたり手を洗ったりしていると、また広樹くんが玄関から「ただいま」と声を上げた。

　彼にしては珍しい少し不機嫌さの混じった声に焦るが、その意味は理解できず、なぜ、と頭の中に疑問符を並べる。いつもはリビングに進んでくるはずなのに、全く来る気配のないことも不思議だった。

　だが、焦ると人間だれでも無駄なミスを繰り返してしまう、急げば回れとは本当だ。早く、と思うほどに、キッチンマットに躓いたり、お玉を落としたり……。
　ここから返事をするのは不本意だったのだが、仕方なく返事をした。


　何となく、彼のため息が聞こえた気がして、ドクリと嫌な音が胸を騒がせた。もしかして、いつもと違う彼は、何か私にとって哀しい知らせを孕(はら)んで帰って来たということなにか。リビングに来ないのは、玄関で済ませたいからなのか。

　そんなのは嫌だ、嫌だ、と私の奥の幼い私が一人ぼっちで嘆いている。何処かへ行ってしまう前に、早く引き留めて、と私の背中を強く押す。

　余裕の全くない乱れた心のままで廊下へと続く扉に近づいた時、それは向こうから開いた。

「おかえりなさい」

　広樹くんの姿が、髪から足の先まで愛しくて、ここに来てくれたことが嬉しくて、手が震える。上手く笑えているだろうか、"いい奥さん"を演じられているだろうか。

　そんな優しい目で見ないで、私はもう強くは居られないから、涙が落ちてしまうから。

　涙を堪えたくて、上着を脱がせるため彼の背中に回ろうとしかけた時、目の前に花束が現れた。

「恵美に似合うと思って」

　驚きと胸を揺さぶるくらいに湧き出した嬉しさで、言葉を失くす。

　黙る私に不安気に伺う彼に、この感動を表すには陳腐すぎる言葉しか言えない自分を責めた。

　好きな花だけれど、それだけじゃない。私を想って、私の事を胸に浮かべて、選んでくれたのが嬉しかった。ストックの花言葉は何だっただろうか。


　次の瞬間、花の香りと体温に包まれる。その温もりが私の涙腺を壊すには、数秒間も必要なかった。

　謝る彼に、謝らなくていい、と涙交じりの声で必死に伝えた。

　雪が氷が、解ける音を聞いた。

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