幸せだからいい〜その2〜【名前変換オリジナル】

気付いた痛み ページ36

-朝倉side-

　LDKの方から音が聞えるので、一階には居るようだ。

「ただいま」

　もう一度、声を大きくして言ってみた。

「おかえりなさい！ ごめんなさい、今手が離せなくて」

　返って来た焦ったような妻の声が、僕の心を温めた。

　けれど、靴を揃えている時、指が止まって苦笑いが滲んだ。
　世間一般の夫婦ならば、休日に夫が何も言わず出かけて夕方まで帰って来なければ、妻は怒るのが当たり前だ。勿論出迎えなど無く、夕飯も無いし、口さえ利いてもらえないかもしれない。

　でも、恵美は返事を返しただけでなく、必要もないのに謝った。こんな些細なことまでも、彼女に我慢させて、自然な恵美で居させてはあげられない自分に、罪悪感が押し寄せた。

　許してもらおうなんて思わない。僕はそんな価値の無い人間だから。彼女の時間をどれだけ奪ってしまったのだろう。今になって彼女が欲しいという気持ちに素直になるなんて、自分はどれだけ愚かなのだろう。


　恵美には恵美の幸せを求める権利がある。ほんの一秒間ですら幸せにさせてあげられなかった僕が、今後も彼女の隣に居られる資格なんて無い。でも、今の気持ちを伝えなければならないと思った。伝えたいと思った。


　帰り道の途中、それ見た途端に恵美が心いっぱいに映り、衝動的に買った花束を持ち、リビングへと急いだ。部屋に入る直前に、それを後ろ手に持ち替える。

「おかえりなさい、今日は広樹くんの好きなものを作ったの」

　それはいつもと変わらない笑顔、それなのに今日はとても悲しく映る。今まで恵美はこんな哀しい顔をしていたのだと初めて気付いた。

「恵美に似合うと思って」

　花を挿し出せば、恵美は驚きで声を無くす。

「え……？」

「あ、嫌いな花だったかな」

「ううん、とても嬉しい！」

　目を潤ませて喜ぶ彼女が儚くて、想いが溢れて強く抱き寄せた。

「辛い思いばかりさせて、幸せにさせてやれなくて、ごめん」

「広樹くんは……謝らなくていい」

　そう言いながらも僕の腕の中で、涙を堪えきれない恵美は体を震わせている。

　僕はどれだけこの人を傷付け我慢させていたのだろう。自責の念が僕を切り裂く。伝わってくる恵美の心の痛みが、痛くて痛くて仕方なかった。

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