濁った瞳と鼓動 ページ16
とは言っても、ずっとこのまま居る訳にもいかず、渋々週明けに出勤することに決めた。
けれど、人は一つずつ歳をとる毎に臆病が積み重なる。小学生より中学生の方が、中学生より高校生の方が、何かあって休んだ後は、人の居た元の環境に戻るのが億劫になり、そしてもう一日だけ、もう一日だけと休みを伸ばしたくなって、どんどん環境が狭くなる。
大人になると臆病がもっと育って、環境の波に耐えられなくなる。一度、環境を狭くすれば、そこから出るのには、大きな勇気が要る。
由貴が仕事で居ない彼女の部屋で、私一人の昼下がり。ココアを飲み終えたカップを洗うために、リビングで立ち上がると、不意に窓に移る自分が見えた。おもむろにその自分に近づいて、呟いた。
「酷い顔、濁った眼……」
そしてそこから目を逸らすように窓の下を見れば、通り過ぎる人々や道路を行き交う車が視界に入った。
それぞれ、どんな日々を見つめて生きているのだろう。
大人が重なる毎に、変化を恐れて暮らす。
何か新しいことが欲しいと思うのはまだ若いと言われる時までで、次第に期待なんかしなくなり、退屈な顔で歩くようになる。本心も、そんな淡々とした日々を望むようになる。
良いことでも、辛いことでも、変化を受け止められない固い心になってしまう。きっと私も、そうなってゆく。
でもそれが、人の言う安定なのかもしれない。
翌週の月曜日、意を決して玄関を出た。由貴は無理しなくていいよと言ってくれたけれど、今日出勤しなければ、もうずっと職場に戻れなくなる気がして、頑張って行くよと強がった。
勿論、授業の準備はしていないので、今日は違う先生の授業のアシスタントになった。
授業が終わると、いつも私の講義をちゃんと聞いてくれていた数人の学生が、大丈夫ですか、なんて心配の声をかけてくれた。
感傷的になっていた為か、短いその言葉さえ私の胸に深く沁みた。
「暫くは半日だけでいいから、帰ってゆっくり休みなさい」
教授のその言葉に甘えて帰る道で、鞄の中から聞き慣れたメロディーが流れた。
朝倉さんの名前が表示されていた。
不覚にも、鼓動が大きくなった。
39人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
megumi(プロフ) - 楓さん» コメントありがとうございます。深く感じ取って頂けて、作者として本当に嬉しいです。たかが恋、されど恋……愛や恋は人生を大きく変えたり、辛かったり哀しかったり、幸せを与えたり、影響力が強いですよね。こちらこそ、読んで頂きありがとうございましたm(__)m! (2020年2月12日 8時) (レス) id: 0880e9be07 (このIDを非表示/違反報告)
楓 - 叶わぬ恋って本当に辛いの分かりますが、不倫はないので本当に夢主ちゃんは辛かったのだな、と思いました。何が正解で何が不正解なのかなんて誰にも分かりませんが、自分の決意した己が答えを見いだすことが正解なのだと私は思いました。ありがとうございました。 (2020年2月12日 3時) (レス) id: da7e11619f (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます!この頃仕事でバタバタしていたので、更新頻度が落ちていましたm(__)mこれからも頑張りますのでよろしくお願いします! (2019年11月26日 7時) (レス) id: 38c83e71ca (このIDを非表示/違反報告)
あ - 連続更新嬉しいです!!頑張ってください! (2019年11月25日 23時) (レス) id: 42f53dea12 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます、励みになります!好きになって下さって嬉しいです( *´艸`)更新頑張ります! (2019年10月19日 20時) (レス) id: d64ff74b54 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:megumi | 作成日時:2019年7月26日 23時