喫茶店 ページ2
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嬉しかった……電話に出てくれたこと、突然連絡したのに会ってくれること、声が優しかったこと。
朝倉さんは「じゃあ、いつもの家にしょうか?」と言ったが、私は拒んだ。そこに行ってしまえば、またいつもの繰り返しになると思ったからだ。
本当は行きたかった。それを抑えて、踏み止まるのが、私の最初の意志。
足取りは、当然重い。ここから先、もっと大きな意思を口に出さなければならない。進む一歩一歩が緊張を煽る。ちゃんと地面を踏めているか分からないくらい、感覚が鈍る。早くも息が詰まってきた。
待ち合わせの場所までは決して遠くはない距離だったはず、季節も夏ではない。けれど、着いた頃にはもう喉がカラカラに乾いていた。
歴史を感じるレトロな喫茶店――知らない人なら気にも留めず通り過ぎてしまうほどの外見で、営業しているのかどうかも分からない。それでも私は分かった。なぜなら一度だけ、このお店に来たことがあるからだ。
中に入り彼を待つ。流れてくる音楽があの日の会話を蘇らせる。
『ありがとう、会ってくれて』
『なぜお礼を……?』
『君が生きていてくれたからだよ』
貰った連絡先を初めて頼ったあの日、あの時はまさかこんな関係になるなんて思いもしなかった。きっとそれは彼も同じで、だからこそ自宅の最寄り駅の近くのこのお店に呼んだのだろう。
けれどそれきりで、ここに足を踏み入れることはなかった。彼の中で、この関係を予想できたからか、奥さんを守るためか、自分を守るためか。いずれにしても、彼は私に近づいているようで、実は確実な距離を持ったのだ。
それなのに、今日ここが選ばれた。入ることを許されなかった彼のスペース内にある喫茶店。理由が何であっても、知らず知らずのうちに開いていた二人の距離が、最後の日に少し縮まる。
小さな苦笑いの後、先程運ばれてきた水を一口飲み、グラスを軽く回した。
「おまたせ」
焦りを含んだ彼の声で我に返る。
以前、別れの言葉が風に流れた二人。改まって話があると言えば、容易にそれは別れを連想させただろう。
もう、その目で私を見ないで欲しい。もう、吸い込まないで欲しい。
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megumi(プロフ) - 楓さん» コメントありがとうございます。深く感じ取って頂けて、作者として本当に嬉しいです。たかが恋、されど恋……愛や恋は人生を大きく変えたり、辛かったり哀しかったり、幸せを与えたり、影響力が強いですよね。こちらこそ、読んで頂きありがとうございましたm(__)m! (2020年2月12日 8時) (レス) id: 0880e9be07 (このIDを非表示/違反報告)
楓 - 叶わぬ恋って本当に辛いの分かりますが、不倫はないので本当に夢主ちゃんは辛かったのだな、と思いました。何が正解で何が不正解なのかなんて誰にも分かりませんが、自分の決意した己が答えを見いだすことが正解なのだと私は思いました。ありがとうございました。 (2020年2月12日 3時) (レス) id: da7e11619f (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます!この頃仕事でバタバタしていたので、更新頻度が落ちていましたm(__)mこれからも頑張りますのでよろしくお願いします! (2019年11月26日 7時) (レス) id: 38c83e71ca (このIDを非表示/違反報告)
あ - 連続更新嬉しいです!!頑張ってください! (2019年11月25日 23時) (レス) id: 42f53dea12 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - あさん» ありがとうございます、励みになります!好きになって下さって嬉しいです( *´艸`)更新頑張ります! (2019年10月19日 20時) (レス) id: d64ff74b54 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年7月26日 23時