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「ここ…かな」
スマートフォンのアプリを頼りに、徒歩5分のはずの道のりを15分もかけて辿り着いた。もしかしたらもういないかも、と急に不安になる。極度の方向音痴がここぞとばかりに恨めしい。
こじんまりとした花屋さん。うちにもあったミモザが置いてある。少し顔を顰め、色とりどりの花に囲まれながらそっと中を覗くと、Aがカウンター越しに店員さんと談笑の真っ最中だった。
「そうなんですよ、それで_____」
会話がよく聞こえない。とはいえ何しろ狭い店内なので、迂闊に近づくとバレてしまいそうだ。贈答用らしい胡蝶蘭の蔭に潜んで、耳を澄ませることにする。
「気分が変わるようなことをしようと思って」
そう言って、彼女ははにかんだ。
気分が変わるようなきっかけ、とは。俺の知らないところで彼女に心境の変化があった、ということだろうか。
はらりと落ちる髪を耳にかけて、彼女が俯く。それからたっぷり時間をとってから、漸く唇が動いた。
「彼氏と、少しマンネリ気味…なんです」
すとん、と聞こえないはずの音がした。腑に落ちるってこういうことなのか、とさえ思ってしまうほどに。
服装が変わるのも、急に花を買うようになるのも、『俺の』気分を変えるためだった、のか。肩の力が抜けると同時に、合点がいった。
仕事が忙しくて、知らず知らずのうちにAを蔑ろにしていたのかもしれない。スマートフォンを真剣な顔で見ていたのは、マンネリ解消の方法を調べていたのだろうか。
「そっ、か」
ああもう、完全に早とちりじゃないか。浮気だなんて、あるわけない。
音を立てないようにそっと店を出て、俺は来た道を戻りだした。彼女の好きなモンブランを買って帰ろう。それからちゃんと、たっぷりと愛を伝えよう。
気に食わなかったミモザの花が、輝いて見える。愛と幸福を呼んでくれる花。どうやらその言い伝えに間違いはないようだ。
足取りが往路よりも軽いのは、きっとミモザのお陰だから。
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ミモザは『愛と幸福を呼ぶ花』
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作者名:エリッサ | 作成日時:2021年1月7日 19時