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「渡辺くん、早いね」

遠足前の子供みたいに眠れなくって、予定の時間よりも随分早く着いた。それなのにAさんは既に集合場所にいて、優雅に文庫本を読んでいた。社会人になって大人の余裕ってやつを分かってきたつもりだったけど、まだまだ理解出来てないのかもしれない。

「Aさんだって、早いじゃないですか」
「あら、私はいつもこんな感じだけど」

言われてみれば誰よりもオフィスに早く来て、掃除をしてくれていたのは彼女だった。そんなところも好きだな、と思うくらい俺は彼女に執心していた。

「長丁場だから頑張ってね」

彼女がくしゃっとした笑顔を俺に向ける。途端びゅう、と風が吹いて俺たちの髪を靡かせた。

「…え?」

靡いた髪の下、耳の後ろにかすみ草のタトゥー。たった3輪の小さなタトゥーだったけど、俺を驚かせるのには十分だった。

「タトゥー、入れてるんですか」

思わず尋ねると、彼女はちょっと困った顔をして、それからいたずらっぽく笑った。初めて見る表情に、目を奪われる。

「ナイショに…してくれる?」

薄桃色のネイルを施した人差し指を唇に当てて、上目遣いで俺を見上げる。ゴクリと喉がなった。俺はこういうのに多分滅法弱い。

「ナ、ナイショにします」

誰にも言いません。Aさんを見つめ返して、ぎゅう、と拳を握りしめた。

「ありがとね」

さっきまでの表情とは打って変わって、またくしゃっとした笑顔に戻った。いつもの彼女だった。






「私と渡辺くんだけのヒミツだから」







好きな人の秘密というだけでもうおなかいっぱいなのに、それが俺と彼女だけのものだ、なんて言われてしまったら、為す術もない。キャパオーバーだ。

俺の好きな人は魔性の女性。耳の後ろにヒミツを隠す。

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かすみ草の花言葉『幸福』
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ドッタゲルフのビタミン剤/izw→←魔性と運命のタトゥー/ko-chan



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作者名:エリッサ | 作成日時:2021年1月7日 19時

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