クロスステッチで描く夢

憧れよ、ふりむいて3 ページ15

「まさかAちゃんとの出会いにそんなエピソードがあったなんてね」


Aちゃんらしいね、なんてふくらさんが笑った。

楽しそうなふくらさんには悪いが、笑っている場合ではない。


「そんな面白いものじゃないですよ」


そう、面白いものなんかじゃない。

頑張って考えた、伊沢さんに会ったとき用セリフは、出る幕がすっかりなかったのだから。





あの後伊沢さんに自己紹介をして、もう一度ライターにしてくれと頭を下げた。

ふふ、と柔らかい笑顔で了承してくれた彼に、改めて魅力を感じたのは言うまでもない。

そして晴れてライターになった私は、夢だったはずの伊沢さんの下で仕事をしている。

充実している生活が送れて、基本的には満足だ。





でも今の私には問題がある。
問題、と言うよりは実際は悩みなのだけど。


「お、A」


撮影部屋から戻ってきた伊沢さんが私の頭をぽん、と叩いた。

何を隠そう悩みの種はこの男、伊沢拓司である。

初めて会った日から今日まで、この人が私を子供扱いしなかったことはない。

頭を叩いたり、軽口を叩いてからかったり。
年下の女の子、というスタンスじゃなくて、おこちゃま扱いとしか言いようがない。

もう私は成人をすぎたし、お酒だって美味しく飲めるようになったのに、なんでそんなことをするのか。

見た目の問題かと思って髪型も変えたし、メイクや服装を変えてみたりもした。

なのにその度に、背伸びしなくていいんだよ、なんて言ってのけるのだ。

乙女心に気がつけよ、クイズ王。





今の私の目標は、伊沢さんに大人の女だと認めてもらうこと。

私の気持ちなんて全然分かってないこの人に、分からせてあげないといけない。


「何をむくれてるの、お嬢さん？」

「お嬢さんって呼ばないでください」


出来るだけぶっきらぼうに答えた。

からからと笑ってみせるのがあまりに子供っぽくて調子が狂う。

オフィスでは大人のつもりなのだが、どうにも伊沢さんには見透かされているような気がしてならない。




仕事をするフリをしてパソコンを開き、そっと横目で彼を見た。

私に背を向けてふくらさんと談笑している。そんな彼を後目に、ぱちんと頬を叩いて気合を入れた。

いつか絶対分からせてあげるからね、伊沢さん。

覚悟して、ふりむいてね？


そうじゃない/モーニング娘。'16

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『そうじゃない』の女の子が恋をしたら、きっとこんな感じ。

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