花朝月夕

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…わかってるよ、そんなこと。

ただその可愛らしい唇から「深い意味はない」とか言わないでいてほしかった。

まあ…、お陰でちょっと浮かれてた私は、一気に冷静に戻れたけど。

「次の信号を曲がったらすぐなんで、もうここでいいですよ」

『…そこから何分くらいかかんの？』

「１０分くらい？」

『そう』

そっけなくそう答えたくせに、

『じゃあ、Aちゃんが家に入るまでこのまま電話してよっか』

とか、いきなりそんな優しい提案をしてくるとか。

上げたり落としたり、これを計算なしにしてるんだとしたら、この人は生まれ持っての危険人物だと思う。









「大丈夫です、本当にすぐなんで
それより、もう遅いからタクシー拾った方がよくないですか？」

『いつもは？
こんな時間でも、１人で帰ってんの？』

ほらまた。

せっかく私が帰るように進めてるのに、勝手にスルーして話をすり替えてしまう。

「いつも１人で帰ってますよ」

『どんなとこに住んでんの？
マンション？』

「…何でそんなこと聞くんですか？」

ちょっと不貞腐れて言い返したのは、彼がどんどん私のテリトリーに侵入してくるのが怖かったから。

大体さ、深い意味はないくせに、人のこと知りたがり過ぎじゃない？

『単純に気になっただけ』

「じゃあ、北山さんがどんな豪華な部屋に住んでんのか、事細かに話してくれたら教えてあげます」

そう答えたらほら、苦笑いで答えてくれないくせに。

…この人は、相当に面倒くさい人だ。









曲がり角に差し掛かって、

「じゃあ、これで」

って、電話を切ろうとしたのに、彼はそれを無視するように話を続けてくる。

『俺の部屋はねー、普通のマンション』

曲がり角で立ち止まって、わざわざ手を振ってみせても、

会話は延々と続く。

『別にタワマンとかじゃないし
部屋もリビングと寝室くらいしかない』

「本当に？
なんかセレブなマンションに住んでそうなイメージだけど」

『全然
本当に普通
でも、セキュリティだけはしっかりしたマンションを選んだけど』

なるほど。

彼はやっぱり、そこんとこを重要視するんだろうな。

もう私達は別の方向に向かって歩いてるはずなのに、すぐ手の届くところにいるみたい。

世界で一番聴いていたいその声に、ずっと鼓膜をくすぐられていたい。

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