花朝月夕

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『近くで飲んでたのは本当
Ｔ大が近いなって思って、散歩しながら篠原とLINEしてて、
Aちゃんが残業してるって聞いたから、
わざと行ってみた』

「何で知ってたんですか？私が残業してること」

『篠原、朋ちゃん家にいたみたい
隣で電話してんの聞いてたんじゃない？』

…ああ、なるほど。

そうだよね、こんな偶然ありえないよね。

『それにしてもＴ大って広くない？
最初は学校の外を、塀に沿いながら歩いてて、
門から見えた桜があんまり綺麗だったから、ふらふら入ってみたんだけど
まさか本当にAちゃんがいるとか、偶然にしても出来過ぎだって思った』









『いつもこんなに遅くなんの？』

唐突に、そう訊ねてきた彼の声があまりに北山宏光過ぎて、思わず歩くのをやめてしまった。

なんかもう…、立ってられないくらいの衝撃だったから。

低音で、そのくせボソボソと甘ったるく聞こえる、鼻にかかった声で。

『立ち止まってるけど、何かあった？』

ちょっと止まっただけなのに、すぐにそれを見つけて心配してくれるその声だとか。

…もう無理だ。

例え私の目の前に閻魔大王が出てきて「北山宏光を好きになったら、地獄へ落とす」と脅されたとしても、もう「好き」という気持ちは抑えきれない。

『…何？大丈夫？』

電話の向こうから少し焦った彼の声が聞こえてきて、

「大丈夫です」

慌てて私は、また歩き出した。

せっかく忘れられると思ってたのに。

こうしてまた会って、いい声で話しかけられて、優しく女の子扱いなんかされたもんだから。

私は簡単に、生身の北山宏光に恋に堕ちた。

…後は、地獄が待っているのみ。









『そうそう、お正月に寝たふりしてた時、
Aちゃんの元彼の話とかしてなかった？』

…何で今、そんな話題を持ち出すかな。

今ようやく私は、彼への恋心に目覚めたところなのに。

『あの後、霞さんに少しだけ聞いた
けっこう長く付き合ってたんだって？』

霞さんめ…。

一体どこまで話したんだろう。

「どこまで聞いたんですか？」

『んー…、Aちゃんの彼氏が元Ｔ大の講師で、先生と生徒の禁断の恋みたいな感じだったって』

違うって！

先生と生徒だったのは確かに当たってるけど、付き合い始めたのは院生になってからだし。

「禁断の恋」みたいな激しい恋愛じゃなかったから。

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