星になんか願わない -Ａ

2018/07/07 ページ1

玉森裕太様

あなたが記憶をなくしてから、もう１ヵ月が経ちます。

もし1000万分の1の確率で、あなたの記憶が戻ったら。

そんな日のために、この日記を書いていきます。

あなたが記憶をなくしているうちの、この日々のことを。









もし、あなたが全部思い出せなくても、私が全部覚えてるから。

私達がどういう関係だったのかを、ここに記しておきます。

私達は会社の同期で、同じ部署に配属になったことがきっかけで、よく話すようになりました。

最初は全然、目も合わせてくれなくて、私一人が話してる状態だったけど。

そのうち、あなたも心を開いてくれるようになり、いろんな話をしてくれるようになって、

付き合うことになるまで、そんなに時間はかからなかった。

「付き合ってあげてもいいけど？」

的な冗談を言ってきては、私がぶすっとしているのに気付いて、

「嘘嘘、ちゃんと言わなきゃね
Aが好き
だから、俺と付き合ってほしい」

そう、きちんと告白してくれたのは、入社して３ヵ月も経たない頃のことだった。

それから私達は、社内では決してバレないように、退社後に待ち合せて遊びに行ったり、

週末はお互いの家をよく行き来するようになった。









あなたはどこまでを忘れてしまったんでしょう。

付き合って２年が経った１ヶ月前の金曜日の夜、私達はケンカをしました。

それはもう、史上最高の大ゲンカ。

私が裕太に怒ることはあっても、裕太が私に怒ることは滅多になかったのに、あの日のあなたは珍しく怒ってました。

ケンカの理由は、あなたが私に内緒でバイトをしていたこと。

そのバイトに私が気付いて、秘密にしてたことを責めたら、

「そこまで怒ること？
Aに関係ないじゃん」

そう言い放って、裕太は私に背中を向けた。

「送るわ」

この話題を強引に中断するみたいに、冷たい目をして。

私はそんなあなたの態度が気に入らなくて、

「１人で帰るからいい！」

そう言って、逆方向へ歩き出した。

仕方なさそうに追ってきたあなたを撒くようにして、雑踏の中へ紛れ込んで、そのまま。









それきりあなたからは連絡がなく、週明けの月曜日、

『玉森くんが金曜の夜に交通事故に遭って、意識不明の状態で入院している』

そう上司から聞かされて、顔面蒼白になって、立っていられなくなった。

私達が付き合っていることは誰も知らないから、内心、大声で泣き叫びたくなるのを必死で我慢してたのを覚えてる。

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