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「怒ってた、ずっと。」

「優さんのこと？」

「そう。
Aを拉致とか、ありえないし。
いい大人がやっていいことと悪いことがわかんないとか、ヤバいでしょ。」

って、ため息混じりに。

確かに、よくはないけど。

でもこの誘拐は、思ってたより怖くなかったよ。

先生が迎えに来てくれるって、ちゃんとわかってたから。

「Aに迷惑かけたっていうのが、申し訳ないっていうのもあるし。」









またしばらく沈黙が続いたあと、

「…もういいわ、お互い忘れよ。
今日のことは。」

溜息交じりにそんなことを言う先生の横顔を、助手席からずっと眺めてた。

きれいな顎のラインや整った鼻筋、たまにチラリと私の表情を窺うように見てくるその切れ長の瞳の形とか。

先生の横顔が好き。

全然こっちを見てくれないことが多いけど、じっと見つめてたら諦めたようにこっちを向いてくれるところとか。

横顔だけじゃなくて、私は先生のすべてが好きなんだ。

こんなに人を好きになったのは、初めて。

私の世界には今まで、私しかいなかったから。

お母さんのことは大好きだったけど、１００％信じ切ってたわけじゃないし。

どこかでわかってたんだ、この人は私を置いてどこかへ行っちゃうんだろうなってことに。

実際、私を置いて行ってしまったきりだし。

でも先生はどう？

私のことを置いて、どこかへ行ったりしない？









「…何？」

さすがにそんな私の視線がうざかったのか、先生は信号待ちでようやくこちらを向いてくれた。

「何か言いたいことでもあんの？」

「ないよ。」

ほんとはある。

先生はいつまで、私の傍にいてくれるの？

先生を信じ切っていいの？

心から信じられる人って、この先私に現れるんだろうか。

これ以上先生を好きになったら私はどうなるのかな。

また置き去りにされたら、私は一生誰のことも好きになれなくなると思う。

置き去りにされてボロボロにされる前に、

私から終わりにした方がいい？









頭の中でそんなネガティブなことを、ずっと思い巡らしている私に先生は、

「どうせ、くだらないこと考えてんだろ。」

そう言いながら私の頬っぺたをぎゅっと摘まんできた。

「顔見てたらわかるわ。」

そんなことを言ってくる先生の瞳を、じっと覗き込んでみる。

だけど、愛おしそうに私を見てくるその目が怖くなって、そのまま不自然に目をそらしてしまった。

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