それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

二十八 ページ29

「……ぇで、はらさ……」
「！」





Aが薄らと目を開け、拙者を呼んだ。

傍に座り、なるべく傷に触れぬよう
注意を払ってAの上体を支え起こす。

それでもやはり痛いのであろう、
Aは身体を震わせ、小さく呻いた。

まだ血が固まっていないのか
Aを支える拙者の腕が、生温かく濡れる。


「A……すぐ医者のところへ連れていくでござる、もう少しだけ辛抱を」



そう言い、Aに羽織りをかけてから
横抱きにして、急いで町を目指そうとした。


「楓原さん……」


するとAは、か細い声でもう一度拙者を呼ぶ。

立ち止まり、Aの顔を見れば
彼女は静かに泣きながら、
拙者の胸元の布を弱々しく掴んでいた。



「どうしたでござるか」
「……たし、………私、」



助かりたくありません、と。

予想していなかった言葉に、思考が止まる。



「もう……もう、嫌なんです……」
「A……気を強く持つでござるよ。拙者はお主を助けたい」



Aはぼろぼろと泣いて、
それでも首を横に振った。


「いかせてください、どうか……」


このまま両親の元へかえりたいのだと、
Aは震えた声で切に訴える。

その姿に胸が締め付けられた。

どうしてもっと早く来れなかったのか、
どうして離れてしまったのかと
己を責めずにはいられなかった。



「……A、そんなことを言うでない……拙者は、お主を見殺しになどできないでござる」
「でも……私、……」
「Aは何も悪くない。ここで、こんなことで、亡くなって良いはずがないであろう」
「……ですが……！」



いったいどれほど、
彼女が辛い思いをしているかなど
拙者には計り知れない。


両親を亡くし、故郷を離れる覚悟をして
夢を諦め、それでも人に尽くした先で
裏切られ、奪われ、壊されて。

怪我の痕や後遺症も、今日の恐ろしい記憶も、
きっと彼女に一生付き纏う。
それほどに深い傷を負わせてしまった。


全てが嫌になって、
全てを投げ出したくなって当然だろう。


しかし拙者には、
彼女の懇願を聞き入れることは出来ない。



「……すまない」
「……っ、……どうして……」



気休めの言葉も言えぬまま、拙者は
Aを抱え、町へと走り出した。


彼女は心底悲しそうに、
拙者の着物を握り締めて、嗚咽を漏らした。




恨まれ、嫌われようとも、生きていてほしかった。









もう二度と、Aを置いていきたくなかった。

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