それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

二十三 ページ24

家屋の生活も勿論良いものだが、
外で寝泊まりするのも存外悪くないものだ。

とはいえこの時季、川で沐浴するには
覚悟が必要なのもまた事実。

しかし冷えた身体を焚き火に充てがったときの
じんわりとした温もりには、
換えの利かない特等の心地がある。


獣の見張りは火に任せて眠り、
自然光に起こされ、緩い動作で起き上がって
ぐっと伸びをする。

無防備に欠伸を零しつつ、のそのそと立って、
布団代わりに敷いていた羽織を取り、
土埃を数回払ってから腕を通す。

それから小川に近寄って、
顔を洗い、その水の冷たさでようやく頭が起きた。



「うむ……今日はより晴れそうでござるな」



風が乾き、燕が高く飛んでいた。

雲一つない青空の下、
春を思わせる緑葉が風に吹かれてざあっと鳴る。

木々は春本番を待ち望んでいるようで、
風には新芽の香りがほのかに乗っている。


今日は山頂を目指す。
滝音が僅かに聞こえるので、
川の流れに逆らって歩くことにした。


昨日より軽くなった手荷物に
少しだけ寂しさを覚える。

山を降りたら、山頂の景色を伝えに
彼女を訪ねようか。
お弁当の感想も伝えたい。



髪を結い、焚き火をばらして
二枚の葉が残った枝を手遊びに持ち、
いざ、行こう。


木の実や川魚を見つけては道を逸れ、
手頃な岩があればそこに座って詩を詠んで
風の往くまま、気の向くまま。


彼女の言う通り、これはきっと
一度知ってしまえば戻れぬ愉悦。




「────yaya ika! kudala ye plata!」




……だが、やはり。




「──……まったく」





豊かな自然には魔物も巣食いやすい。


瞬きより速く抜刀を終え、
背後から飛びかかってきた彼らに
一体につき一筋ずつその刃を叩き込んだ。

刀を鞘に納めたときには
ヒルチャールたちは地に伏し霧散していった。


風の報せで
近くに彼らの巣窟があるのには気付いていたが、
襲ってこなければ見逃してやろうと思っていた。

だが好戦的な彼らは、
拙者の気配を捨て置けなかったらしい。



拙者は、神の目こそ持っていないが
いくら廃れようと武家の生まれ。
自分の身を守る程度、造作もないこと。









風に乗り、拙者の眼前へと
まるで運命のように舞ってきた葉を
両手で優しく捕らえる。




それを草笛にして一曲奏で、
彼らへの弔いとした。

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