それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

二十二 ページ23

その日は山の半分ほどまで歩を進め、
途中、川の近くで丁度いい横穴を見つけたので
今晩はそこを寝床にすることに。




逸る気持ちを抑えながら、
Aが拵えてくれたお弁当をそっと置く。
そして丁寧に風呂敷の結び目を解き、拡げた。

道中はこれをひっくり返してしまわないか、
気が気でなかった。


風呂敷の中にはお弁当の他に
竹製の水筒と箸も入っていて、
その細かな気遣いにAらしさを感じた。

それともうひとつ、小さな巾着が入っていた。
持ち上げれば、リン、と小さな音が鳴る。



「……鈴？」



中身を出してみると、
鈴と小さな紙切れが入っていた。

紙には「分身」とだけ書かれていて
それだけでAの意図を察した。



恐らくこれはAの髪飾りについていた鈴だろう。



Aと過ごしていたとき、
この鈴はあまり鳴ることがなかった。

その理由は先程近くで見て気付いたが、
年季が入って錆びていることが原因らしい。

つまり、それだけ長く身に着けていたもの。
「分身」というのは相応しい称号であろう。



旅に行けない自分の代わりに、と
幼気で無垢な想いを込めて同封したに違いない。

鈴と紙切れは栞と共に巾着に戻し入れ、
袖の中へ大事に仕舞っておくことにした。



いよいよ、人生初のお弁当の蓋を開ける。


すると、途端に食欲をそそる匂いが溢れ出し、
思わず「おお……」と感嘆を漏らした。

中には干し魚の焼き物を初めとした
拙者の好物がこれでもかと詰め込まれており、
Aの努力が見て取れ、笑みが零れる。



何だか箸をつけるのがもったいなくて、
しばしその中身を眺めながら
二日間の思い出に浸った。


まだ別れてから半日も経っていないのに、
Aは元気にしているだろうか、と
洞穴の外、夕暮れ空に視線をやる。


外では鴉がのんびりと鳴いていて
まだ少し冷たい風が
拙者を慰めるように頬を撫でた。



いつもなら既に火を起こしているが
今日はそれより、お弁当を優先してしまった。

必要な枯れ枝は道中集めて持ち込んだ。

後で火を焚かねばならぬな、と息を吐いて
そっとお弁当に視線を戻した。





「……では有難く、頂こう」






手を合わせ、そう唱えてから
ようやく拙者は箸を持つのだった。









あっという間に食べ終えてしまったのは、
言うまでもない。

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