それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

二 ページ3

「わっ、びしょ濡れ……！ さぞ寒かったでしょう。さあ、どうぞお上がりください」


拙者の状態を見るなり、
少女は少しも警戒を見せず
拙者を屋内へと招き入れてくれた。

正直、また断られると思っていたのだが
拍子抜けするほどあっさりと、
彼女は拙者──刀を持つ浪人を受け入れた。

それどころか、すぐに背を見せ
部屋の奥へと消えていくので、
どこまで入って良いのだろうかと
土間で立ち往生した。

少女はすぐに、パタパタと小走りに
拙者のいるところまで戻ってきた。

拙者はその様子を少し困惑しながら、
放心して見届けてしまった。


「良ければこれ……えっと、そうだ。湯浴みされますか？ ちょうど沸かしたばかりなんです」


手拭を頬に当てられたことで
ようやく我に返り、「かたじけない」と
手拭を受け取る。

「良いんでござるか？」
「ええ、もちろん。あっ、夕餉はもう済んでますか？」
「いや、そこまで世話になるつもりは」
「いいんです、いいんです。……私、浪人様のファンなんです！」

浪人のファン。
中々に聞き慣れぬ言葉にまた思考が止まった。

「……ファン？」
「ええ！ 以前、浪人武士のお方に助けて頂いたことがあって」

当時を思い出しながら、
嬉しそうに頬を綻ばせる少女。

「だから、今度は私が助けようって！ 時折こうして訪ねて来られる方がいらっしゃるので、精一杯もてなすようにしているんです」

だからあなたも遠慮せずに、と
少女はいつの間にか拙者の背後に回り、
肩を押して拙者を居間へと押し込んだ。

その屈託のない明るさに、
先程までの鬱蒼とした気持ちは
早々に晴れ、自然と笑みが零れていった。


「ははっ、まさかこうも歓迎されるとは思わなかったでござるよ。そういうことなら、今晩だけお言葉に甘えさせて頂こう」
「何晩でも是非！ だけど、その代わり……」
「ああ、モラなら──」
「あっ、いえいえ！ とんでもないです、そうじゃなくって」

宿代を求められるのかと思えば、
彼女は急いで手を振って違うと示し、
打って変わって遠慮がちに口を開く。



「その……旅の思い出を少し、聞かせてほしくて」
「旅の思い出、でござるか？」
「はい！ ……だめ、でしょうか？」
「構わぬが……拙者はまだ、浪人となって日が浅いんでござるよ。お主が期待するような、壮大な話は出来ぬやもしれない」

三→←一

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