それを恋と呼べぬまま【万葉】完結

十四 ページ15

無事に藤川殿を送り届けた頃には
雷雲がすっかり成長して、忙しなく轟いていた。



傘も段々と意味を成さなくなり、
早々に閉じて、拙者は走って
Aの家まで戻った。


引き戸を開けると、Aはすぐに
駆け寄ってきて、「お任せしてすみません」と
口早に謝ってきた。

風呂を沸かして待っていてくれたようで、
拙者は帰るなり風呂場へと連行された。


湯に肩まで入り、きっちり百数えるまで
出ては駄目だと念を押されたので
有難く浸からせてもらった。


湯浴みを終え、用意してくれた浴衣を着ると
今まで着ていたものより少し大きくて、
裾も袖もかなり余ってしまった。

悪天候により服が乾かず、
恐らく彼女の父上の着物のうち、
サイズの小さいものが尽きてしまったのだろう。


どうにか着付けるが、
裾はどうしても引きずることになりそうだ。




「あ、ちゃんと百数えました？ ……って、やっぱりそれ、大きかったですよね」
「うむ。……お主の父上の遺品を引きずってしまうのは、些か居た堪れぬでござるな」
「私の浴衣を貸しても良かったのですが……その、色が女性向けですから、嫌かなと思って」
「はは……それは確かに、面妖であろうな」




女子ものの浴衣を羽織る自分を想像し、
拙者も思わず苦笑いした。

当然のように、拙者が湯浴みしている間に
用意された食事に感謝して、
今日は二人で夕餉を食べた。



「藤川さんのこと、送ってくださって本当にありがとうございました。今日の肉じゃがの材料は、藤川さんにおすそ分けして頂いたものなんですよ」
「ほう。藤川殿は、随分とAのことを気にかけているのでござるな」
「ええ、有難いことです。藤川さんは母がこの町に嫁いで、右も左も分からぬ頃からお世話になった方で……両親が亡くなってからは、週に一度、ああして訪ねてきてくれるんです」


いつも大量の食材を分けてくれるので、
少し申し訳なく感じているのだと
Aは眉を下げた。


「藤川さん、足腰が弱いのに今日みたいな日も来て下さるから、心配で……あんなに荷物を持ってくるのだって大変でしょうから、いつも遠慮しているんですけれど」
「それだけAのことが大事で、藤川殿も心配しておるのだろう」
「ええ。……とても有難いんですけどね、心配が勝ってしまいます」





そう言ってAは困ったように笑った。



それからひっそり、
「だから早く奉公に出て安心させたい」
とも零していた。

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