7 「いってらっしゃい」 ページ8
私の仕事場入りは、普通の人に比べれば遅い。
慌ただしく準備をしている渡井くんを見ながら、椅子に座ったまま足をプラプラ動かす。
涙で真っ赤になっているであろう目元を擦った。
彼がこう急ぐことになったのも、私が泣き止むのを待ってくれたせいだ。
『ごめんね』と謝ったけれど、彼は嫌な顔一つせず「そんなに謝らないでください」と、私の頭を柔く撫でてくれた。
ふと、その頭に触れる。
私より一回り大きな手、角ばった骨、それから優しい手つき。
あのブーケを作るときのような。
花を愛でるような丁寧な所作……。
どきり、どきりと心臓が跳ねる。
自意識過剰にも程がある。
彼は私を慰めようとしてくれただけで……。
「雨野さん」
『ひゃいっ!』
びく、と背を跳ねさせながら返事をすると、渡井くんは「ふは」と軽く笑った。
「これ」
『えっ』
渡井くんが私の手のひらを取って、何かを乗せた。
ちゃりん、と音が鳴る。
「合鍵、です」
見ると、そこには銀色の鍵。
淡いピンク色のにゃんこの形をした鈴のストラップが付いていて、それがちりんと心地よい音を出す。
『可愛い……』
ぽつり、小さく呟く。
それを聞いていたようで、渡井くんが頷いた。
『気に入ってもらえたようで良かったです。
これ、この前お店に来てくださったおばあさんがくださったんですけど、使い道がなくって。
ほら、僕のとお揃いです』
渡井くんが取りだした鍵には、水色の色違い。
同じ、ということがこんなにもどきどきするのは、何時振りだろう。
「僕、先に出ますから鍵閉めていってくださいね」
『あっ、うん』
「では」と私に手を振って去っていく渡井くん。
部屋の扉を開けたところで、何かに気づいたように足を止め、振り返った。
「あ、忘れ物しました」
彼は私のほうまでやって来ると、私の顎に手を掛けて。
そのまま、唇を奪った。
「今日の分です」
ぺろ、と唇を舐めた渡井くんは、固まった私をそのままに、玄関へと行ってしまった。
かちゃん、と鍵の閉まった音がした瞬間。
『いや、ああいうのはズルいでしょ!?』
近くにあったクッションを床に叩きつけたのは言うまでもない。
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ニコちゃんマーク - めっちゃ面白いです!最新待ってます!文字ってどうやったらこんなのにできるんですか? (2019年7月30日 8時) (レス) id: c2a6a5489d (このIDを非表示/違反報告)
かなと - なまむぎ。さん» この作品大好きです!更新待ってます!! (2019年7月30日 6時) (レス) id: b9832c7634 (このIDを非表示/違反報告)
リリィドール*ガチめに低浮上(プロフ) - 更新が停止となっていて、すごく衝撃を受けていた者です笑。また更新が再開されるとのことで、すごく嬉しいです!作者さんのペースで無理しない程度に頑張ってください!応援してます♪ (2019年7月15日 0時) (レス) id: e60ca59755 (このIDを非表示/違反報告)
なまむぎ。 - このお話とても大好きです!更新頑張って下さい! (2019年4月22日 20時) (レス) id: 51d094ad46 (このIDを非表示/違反報告)
Dream★World(プロフ) - この作品好きなので、移転先教えてください……!!! (2019年2月3日 18時) (レス) id: 093bdce514 (このIDを非表示/違反報告)
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