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プールサイドに行くとAさんが水道に足を持ち上げて洗っていた。ずっと水で掃除していたのだから、汚れはもう取れたと思うが。
「何してん」
後ろから声をかけると彼女は驚いたようにびくりと肩を震わせて振り返る。視線を足に移すと、足の裏に流された水と混ざり、赤色がいるのが見えた。血だった。
「…怪我したんか」
「あ…えっと、何か、踏んじゃったみたいで…」
「どこで」
「ブラシ片付ける時に、掃除用具入れのところで…多分バケツか何かのプラスチックの破片なんだけど…」
傷は結構深いようで、えぐれるまではいかずとも出血はすぐには治まらなかった。見てるだけで痛々しい。
「歩けんのか」
「靴下の中にティッシュ詰め込めば大丈夫」
「血がどうとかやなくて」
「え?」
「………」
俺の言葉の意図が汲み取れないのか、彼女は首を傾げた。無言で水が流れるのを見ていると、しばらくして意図が分かった彼女は大丈夫だと言う。
「痛いけど、歩けないほどじゃないよ」
「…そうか」
ここで彼女に肩を貸して歩くとか、ましてや背負っていくなんて思考回路は持ち合わせてなかった。本人が大丈夫だと言うのだから、大丈夫なのだろう。
多分、いつもの俺だったら、じゃあ先に行くからと彼女を置いていったと思う。自分は冷たい人間だという自覚はあった。今までろくに話したこともなかった相手のために、時間を割いたりはしない。
でも、怪我をしていたのに何も言わずに一人で血を洗い流す彼女を見て、置いていく気にはならなかった。
日に焼けていない素足が水を弾いて、光を反射して、キラキラとしている。足が好きだとか変な嗜好は無いが、水道の水を止めた後もまだ少しだけ滲む血が、彼女の白い肌とコントラストを生んで、目が離せなかった。
「わざわざ待っててくれてありがとう」
水道から足を下ろした彼女は、笑顔でそう言った。
純粋無垢なその笑顔は、夏の太陽よりも眩しくて、輝いていて、
ストンと、初めての感情が生まれ落ちた。
その時はまだそれが何かなのか自分では分からず、それでも、名前もない感情を捨てようとは思わなかった。
その感情に名前がついたのは、夏休みのある日のこと。
「シッマ、それ、恋っちゅうんやで」
大先生がさも当たり前の様に、その感情に名前をつけた。
そうかこれが、恋なのかと、静かに悟った一年生の夏の終わり。
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なーや(プロフ) - こちらでもコメントありがとうございます!めちゃくちゃ嬉しいです(泣)まだ夏の話ですけど終わりまで見て下さい笑m(_ _)m (2021年4月10日 22時) (レス) id: 8296248943 (このIDを非表示/違反報告)
相馬(プロフ) - 更新されると、まだ終わらないっておっしゃってましたけど、あ…また日付が進んでいく…と思ってしんどくなります笑毎日更新されるのが楽しみです!! (2021年4月10日 20時) (レス) id: 7501b9a05e (このIDを非表示/違反報告)
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