ヒトリゴト。 (ページ36)

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薮side

店から伊野尾の家まではそんなに遠くなくて、歩いて15分くらい。

打ち込みなれたオートロックの番号を打ち込んでエレベーターへ乗り込んだ。

6階で降りて左に曲がって、５部屋目。

もう、何回来たかなんて分からない。
そろそろ一緒に住んでもいいんじゃないかなんて。

合鍵を差し込めば感じる違和感。

……鍵くらい閉めてくれ、頼むから

｢いのー？お前鍵かけないとだめだろ。…おーい？｣

どれだけ声をかけても返事がない。
嫌な予感がする。

慌てて靴を脱いでリビングに入れば、ソファの上で膝を抱えて震える伊野尾が目に入った。

｢っ…！！伊野尾っ！｣

近づいて抱きしめてやれば聞こえる小さな伊野尾の声。

｢だめ、やぶはあげない……お願い、取らないで………だめ、だめ、やめて、、…ど、しよ、やぶが取られちゃう…｣

｢伊野尾、落ち着け。俺はここにいるから…！｣

｢だめ、だめなの………やぶは、おれのだから…だれにもあげない…｣

｢うん、俺は伊野尾のだし伊野尾は俺のだよ。｣

｢取られちゃう…、どしよ、おれのこと嫌いになっちゃう…｣

｢っつ、…！慧っ！｣

｢…ほぁ、｣

どれだけ声をかけても、聞こえてくるのはうわ言ばかりで

まずいと思った。
早くこっちに戻さないと、そう思って必死に伊野尾の、慧の名前を呼んだ。

｢よかった…｣

｢や、ぶ……？｣

｢うん、薮だよ。大丈夫、俺はどこにも行かないよ。｣

そう言えば安心したのかぽろぽろと泣き始めた。

そして、どこにも行かないでとでも言うようにスエットをぎゅっと握りしめられた。