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え……と目の前で固まる男性に、慌てて謝る。何をしてもいいとは思ったけれど、他人に迷惑をかけるのは違うだろう。すぐに「すみませんでした」と謝って、違う席に移動する。
「ご注文はお決まりですか?」
待ってましたと言わんばかりに店員さんがやってきた。
「おすすめ、って何かありますか?」
「少々お待ちください」
「ウィンナーコーヒーで」
え、と驚いた顔でこちらを見やる店員さんに「それでお願いします」と伝える。
「味は保証します」
「Aちゃんこれいつも飲んでたから……」
しまった、と言いたげな表情でこちらを見る彼。頭の片隅ではそう言えば、夢の中でも同じのを頼んだ気がするな〜、なんて呑気なことを考えながら彼の席へと移動した。
「今の……どういう意味ですか」
「……僕の妄想だ、って笑われてしまったそれっきりなんだけど」
彼はゆっくりと教えてくれた。名前は逢坂壮五さんと言って、同じ大学に通っていたこと。本当は付き合っていたこと。
知らなかったことを知る。ピースが徐々にハマっていく気がして、心が騒ぎ出した。
分からないことが1つある。彼が言いたくないのか、それとも言えないのか。分からないけれど私は、それを聞くためにここへやってきたような気がする。
「なんで、私は壮五くんのことを忘れてるの……」
「……『忘愛症候群』って知ってるかな」
___忘愛症候群とは、簡単に言えば愛する人を忘れてしまう病気らしい。私の場合は日に日に忘れていくモノが多くなっていくのだと。
「治療法は、愛する人の死……か」
「なに、それ……」
忘れられてしまって辛い思いをしてるのに、更に追い打ちをかける。思い出して欲しいなら命を絶たなくてはいけない。残酷だった。
「ねぇ、壮五くん」
「不思議なことがひとつあってね。顔も名前も覚えてなかったのに、誰かを好きだったことは覚えてるの」
目から零れた滴は視界を曇らせていく。いつの間にか出されていたコーヒーは、クリームが溶け始めていた。最後のピースがハマったその瞬間パズルはバラバラと崩れ始めて、何も考えたくなくなった。今聞いた事実だけが頭に残って嫌なくらいに
「今日は会えてよかった……」
今日は突飛な事しか喋ってない気がする。それでも彼にきちんと伝えたかったのだ。
精算を済ませて、店を出る。
溢れる涙を止めてくれる人はいないと、そう思っていたのだけれど。
乾いた音と同時に飛び出してくる人影が見えた。
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