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「どうしてそんなに飲もうとしたんです?」
先に沈黙を破ったのは一織だった。
Aの買い物袋に入っていたビールの量は、酒に強いAでも酔い潰れる勢いのものだ。若干の自己管理能力は欠如しているかもしれないが、良識がある人物だと信頼していた一織はそこに引っかかりを覚えていた。
質問されたAは腕を組んで考えたあと、
「そこにお酒があるから……あ〜冗談です冗談。頼むからビール缶を射殺しそうな目で見るのやめて。…………」
長い沈黙のあと、さらりと言葉を放った。
「まあ彼氏に振られたんだよね」
「ぐぶっ!?」
麦茶を飲んでいた一織がむせ返る。
驚きで目を見開く一織とは対照的に、Aは机の上のお皿を片付けようと手を伸ばしていた。お皿を重ねるたび、カタンカタンと音がした。お皿が積み上がっていくと同時に言葉も重ねられていく。
「どうして、とかそんな話じゃないんだけどね。
うーん……バンドマンが方向性の違いで解散するみたいな別れ方したから。人間性を否定されたわけじゃないから安心して」
アルコールが入っているにしては冷静すぎるくらい淡々とした口調だった。さっきまでの煌めきが、少しだけ薄くなってしまったことを示すかのように、蛍光灯が一瞬だけ点滅する。
「安心しろって言われるとますます疑いたくなるんですが」
「あー……それもそうだね」
心配をかけまいと「安心してほしい」と言ったのだが逆効果だったようで、Aはきまりの悪さに言葉につまる。ビールがわりの麦茶に口をつけたが酔うことはできなかった。
一織は少し逡巡したが、口を開いた。
「私は今日あなたと、兄さんとこうやって食事をするのはすごく楽しかったです。きっとAさんがAさんとして、兄さんが兄さんとしていてくれなければこんな感情にはならなかったと思いますよ。……なんと言ったらいいのか、うまい表現は分かりませんが、その、」
「……」
「Aさん?」
急に音がしなくなって横を見れば幸せそうな顔で目を閉じるAの姿が。唖然とする一織だが、静かになった空間にはすうすうと穏やかな寝息が漂うばかりである。
一織はため息をついて三月にしたのと同じように毛布をAの肩にかけた。
「さっきのは少し、感情論でしたかね……」
思い返し、ちょっぴり恥ずかしくなった一織は食器を片付けようと立ち上がる。彼の気配がキッチンへと消え、洗い物をする水音が聞こえたとき、
「……ありがとう、一織」
そっとその唇が動いたことを、彼は知らない。
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