明晰夢の輝石 ページ17
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「あっれ、七瀬じゃん?」
何の変哲もない、平日だった。
唐突に自身に降り掛かったその声に、何となく足を止めた。こんな街のど真ん中で自分に声をかける人間なんて知り合いかファンかの二択だが、ファンではないのは考えずとも分かること。七瀬。そう呼ばれたのが一体いつぶりなのだろう。あまり深くは考えたくなかった。
「……何か用?」
「あっ、やっぱりそう?眼鏡かけてるしマスクしてるし、違ったらなーとも思ったんだけどさ。てかあたしの事覚えてんの?」
まくし立てるように一方的に話す女にうんざりしながら返す答えは「No」だ。軽薄なそうな物言いの割には清楚な外見をしており、そのアンバランスさが妙に鼻につかない奇妙な女。さて、幼少期にこの女と何処かで会っていたのだろうか。通行人の邪魔にならないよう路肩に寄って熟考してみるものの、特にそれらしき人物は思い当たらない。まあ人間何年か経てば変わるものだ。案外名前を聞けばわかるかもしれないけれど、今日はそのつもりはなかった。
「ごめん。ボク、今日は急ぐから」
「何?これから仕事?それとも人と会う?」
「違うけど」
「じゃー買い物ってとこ?」
「そう。それがキミに関係ある?」
相変わらず冷たいなあ、なんて笑う女に、どこか既視感を覚える。まるでデジャヴのような感覚。はっきりとした記憶は確かにないけれど、自分はこの女を知っている。遥か昔に置き去った記憶の片隅で、彼女はまだ薄っすらと息をしている。
確かに彼女の正体は気掛かりだったけれど、それよりも、ここ数日の忙しさのあまり溜まった買い物を済ませる方が先だ。有り難い悲鳴ではあるが休日は僅かで、その休日もまた身体を休めるために用い続けてきた。珍しく連休が取れた今日の内に日用品の買い溜めをしておかなければ。
理性を総動員させて、彼女を振り払わんとした。けれどこれがまた、中々にしつこい女で。
「買い物?なら荷物持ちにでもなったげる。ね、行こ」
「ちょっ、……!」
強引に腕を引っ張って走り出す女に、転けないように必死に歩調を合わせる。握られた手を振り落としてやろうにも、中々に力の強い女を、走りながら振りほどくことはできなくて。
気づけば泣く泣く、目的地であったショッピングモールへと連れ込まれてしまっていた。
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