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「今だから言えるけどさ、昔の俺、お前に嫉妬してたんだよな」
差し出した手に応じた彼女は立ち上がりながら「嫉妬?」と問い返す。肩と足首を回して、軽く屈伸するAを横目に言葉を続ける。
「ほら、色々言われてたろ?天才だとかなんとかって。俺より5歳も年下の癖に既に評価されて持て囃されてるお前に腹立ってしょうがなかったんだよな、当時13とは言え大分餓鬼だろ?」
「あっはは、クソ餓鬼だ。か〜わいい」
「なんかお前に言われると腹立つな」
「……今なら私のことも見下せるんじゃない、なにせ9年もブランクがあるわけだし」
「そんな奴見下しても嬉しかねえよ」
CDプレイヤーを操作している彼女は、自分に背中を向けたままだ。その表情が伺えない状態のまま、それでも声はどこか楽しげに彼女は言う。
「ねぇ、楽たちの歌流すから歌いながら踊ってよ」
「はっ?お前、アイドルを安売り──」
「いいじゃん、元天才ダンサーAちゃんの踊り納めだと思って。ほら曲かけるよ」
スタジオの四隅に取り付けられたスピーカーから大音量で流れる耳に馴染んだイントロダクション。そのメロディに宛てがわれたコレオをきっと彼女は知らないから、音楽と体に任せてリズムをとっている。「折角歌ってやるんだから全力で踊れよ」なんて小突けば飛んでくるのは呆れ笑いだ。
「踊り納め」と確かに彼女は言った。大方もう踊るつもりは無いのだろうし、それを止めることなんて出来やしないけれど、これからこうして並んで踊ることが出来ないのは確かだ。
歌の入りと同時に、彼女がステップを踏み出す。自分も同時に踏み出す。既にこの曲に嵌められているものではなく、その場の衝動から沸き上がる即興のコレオ。
名前のついたステップが思い出せないなら自分で新しい踏み方を作ってしまえばいい。どんなへんちくりんなステップでも「間違い」なんて存在しない。そんな自由な所が好きだと昔の彼女は笑っていた。
不意に、隣から弾んだ笑い声が漏れる。
鏡越しに合わせた目線はあの夜と同じ分だけ熱が篭っていて、あの夜と同じ輝く瞳はたった一色のライトを浴びて虹色に輝いていた。
────ただひとつ違うのは、その快感に満たされ上気した頬に伝う雫の温度だけだ。
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