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「ファイブ、シックス、セブン、」
控えめな掛け声とクラップが響く。目の前にはたった1人の観客。スローテンポで始められたカウントに心拍数を合わせるようにビートを体に染み込ませる。
「エイト、ワン」
まずは、テンポに合わせたゆっくりとした動き。ジャズダンスに寄せて胸を張って、大きく滑らかな曲線を腕で描く。
ターンして静止、そうしたら今度はキレのある動き。止めるところは止めつつ、けれど自分の体の動くがままに勢いよく。
心拍数が上がっていくのが分かる。汗が滴って、シューズと床が擦れて音を立てて、次はどんな動きをしようかなんて考えずにひたすらその心地良さに酔いしれる。普段は自分の感情の昂りに応じるようにクラップの速度が更に遅く感じる筈なのに、今日はなぜだかどんどん早くなっていくように感じて────
「って、ちょっとA!ストップ!テンポ走りすぎ、」
目を向けると彼女はクラップなどしていなかった。カウントを始めた時と同じ体育座りのまま、膝の上でカウントを取ろうとしていた手が中途半端なところで止まっている。
ということは、自分の中で取っていたカウントが段々と走っていったことになるのだけれど。
「……おい、A?」
「…………す、ごい」
ようやく自分の顔に焦点を合わせたAは小さく言葉を零す。スタジオの照明を反射してきらきらと輝いた瞳は、当時踊りに全てを捧げていたときのそれと似ている。
柔らかい橙色の照明しか浴びていないはずの瞳が色とりどりの色彩を放って、まるで虹色に輝いているのではないかと思えるほどに彼女の青灰色の瞳は沢山の光を放っていた。
憧憬と、快感と、それを元にふつふつと沸き上がる衝動。
一度は知ったその至上のよろこびを目の前にして、それを手にしないなんて愚か者のすることだ。彼女の輝く瞳が今何に焦がれているかなんて明らかで、寧ろ自分はそうなることを望んでこのスタジオに連れてきた節もあるわけで、だったらもう一度、あと一押し、手を差し伸べて背中を押してやるしかないじゃないか。
「お前も、踊ってみろよ。身体は憶えてるんだろ?」
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