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「……A?」
ゆっくりと顔をこちらに向けた彼女は随分と大人びた表情をしている。彼女がかつて住処としていた家の扉に手をかけていたものだから確信して声を掛けたものの、身長も顔立ちも纏う雰囲気もあまりに変わっていたので途端に不安が胸をよぎる。
「…………が、く」
薄い桜色の唇が小さく自分の名を呟く。
呆然とこちらを見つめるくりっとしたアーモンド・アイだけは変わっていなくて、そこに僅かな安堵を覚える。
大荷物を手にして固まる彼女にどう会話を持ちかければ良いかも分からなくて、取り敢えず当たり障りのないように「久しぶりだな」なんて声をかけるときょろきょろと辺りを見回して曖昧に頷いた。そして、手をかけたままだった扉を引いて、重そうな荷物と一緒に家の中へ入ろうとするものだから反射的に引き止めてしまったのは仕方がないだろう。
「……入って、」
話したいことでもあるんでしょ。
そう言うや否や今度はぐいぐいと腕を引かれて、彼女がかつて1年間だけ住んでいた、彼女の祖父母の家に押し込まれる。つい先程まではなんとなく自分を避けようとしていたとも取れる応対をしていたのだから頭の中では疑問符が飛び交っているが、そんなことは知らないとでも言う風にさっさと靴を脱いで荷物を下ろした彼女は祖母を呼びつけ手土産やらを渡していた。
引き止めたのは自分とはいえ、どうしていいか分からず居心地が悪い。例えるなら、初めて共演する人たちとのソロの仕事現場に、初めてマネージャー無しで行った時のような。
「……最近、よく名前聞くようになったね」
結局言われるがままに家に上がり、彼女がかつて使っていたらしい部屋に通され、氷入りの麦茶を握らされた。からからと涼しげな音を鳴らして小さなローテーブルにグラスを置いた彼女とは目が合わない。
「まぁな、ブラホワで勝ってからはより仕事の量もファンの数も増えてきてる気がするよ」
「友達もよく言ってるよ、TRIGGERがかっこいいだとか歌が上手いだとか」
「へえ。Aの周りにもファンがいるのか、有難い話だな」
「女子高生って、芸能人とかアイドルとかイケメンとか、そういうのに過敏なもんなんじゃないの?」
「確かにそういうもんかもしれないけどさ。
……そうだ、お前まだダンスやってるのか?」
しん、と部屋が静まり返る。やってしまったと気付いた頃には彼女はすっかり俯いてしまって、垂れ下がった前髪の隙間からは伏せられた長い睫毛しか見られない。階下から漏れ聞こえるテレビの声は笑っていた。
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