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いつになく弾んだ呼吸が混じるカウントを聞きながら、それに合わせてリズムを掴む。
エイト、の掛け声に合わせ軽く飛んでからステップに入る。今日のAはいつもよりも随分と踊りにのめり込んでいて、自分もそれに感化されてしまったらしい。親父の事務所のレッスン室を勝手に使っているのだからいつもは少しの後ろめたさも手伝ってドアの向こうを気にしながら踊っているのに、今日は自分の意識全てを伸ばした指先や細かく床を突く足先に注いでいるように見えた。
「ワン、ツー、スリー、フォー、」
単にカウントをなぞるだけではつまらなくなって、カウントの間をすり抜けるように細かくステップを刻めば目の前の彼女は尚も目を輝かせる。自分も混ざりたいと訴えるその眼差しを捉えて、彼女の衝動も全部飲み干してしまうくらいに全身で踊る。
それでもいよいよ我慢できなくなったらしい彼女も気づけば一緒にカウントを取りながら踊っていて、後はもう体が満足するまで止まることを知らない。
――――今思えば、あの夜の魂を削りながら踊るかのような少し怖いとも思えるその表情は伏線だったのかもしれない。あの表情とぎらぎら輝く瞳の奥にあった感情がどんなだったかなんて、当時の自分も分からなかったのだから9年が経った今でも分かりっこないのだけれど。
「もう、楽には会えない」
あの後、しんと静まったレッスン室でAは確かにそう言った。
歳は5つ違ったが、母方の祖父が営む蕎麦屋の隣に越してきた彼女と祖父母のもとに足繁く通う自分が打ち解けるまでは時間がかからなかったし、ダンスという共通項を見つけてこうしてこっそりレッスン室を使うことも多かった。
けれど確か、彼女との付き合いが始まって1年が経ったか、経っていないかという頃に彼女は引越しの話を切り出したのだ。
「楽は、たぶんわたしが初めて素直に尊敬できたダンサーだと思ってる。そりゃ、わたしに1からダンスを教えてくれた先生には尊敬も感謝もしてるけど、なんていうか、ライバル?みたいな感じ」
5歳年下で、早くもその才能を認められて期待されたダンサー。ハナから芸能人としてデビューするためにダンスや歌のレッスンをこなしてきた訳ではなかった自分に対してかけてもらえたその言葉に、その後の9年間どれだけ救われたか分からない。自分はアイドルデビューして、彼女はプロダンサーになって、そんな未来の中での偶然の再会を望んだりもした。
けれど、どんなに自分がアイドルとして登り詰めても、世界は1人じゃ渡りきれないほど広かったようで。
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