夜の焼け跡 ページ2
カチリとボタンを押すとくるくると涼風が生み出される。羽が回転する音を背景に、一織は額に流れてきた汗を拭い、ふと横を見れば窓を開けたAも大きく息を吐き出していた。キッチンで換気扇を回し始めた音も聞こえ、それと同時にようやく風の通り道ができて室内の蒸し暑い空気がぐわっと吹き抜けていく。もう太陽はとっくに落ちたとはいえ、日中乱反射した陽光の残滓がまだあちらこちらに残っていた。
暑さに耐えかねた一織は三月が立つキッチンに行き、冷蔵庫を開く。逃げ出した冷気が火照った腕にひんやりと絡みつく。心地よさに思わず動きを止めた一織に三月が声を掛けた。
「おっ、一織。ついでに醤油出してくれないか?」
「あ、はい」
「ありがと!助かるよ」
我に返った一織は慌てて醤油のボトルを兄に渡した。そして冷えた麦茶のボトルを取り出し、ガラス製のグラスと共にお盆に乗せ、テーブルへと持っていく。歓声を上げるAを
とぽとぽと麦茶が注がれる音にでさえ涼む効果があるように感じて、Aは一織の手元をじっと見つめていた。
そうして器まで凍るように冷たくなった麦茶を受け取り一気に飲み干した。
「ありがとう〜、生き返った……」
「干物になりそうな勢いでしたからね。外で倒れそうなところを兄さんが気がつかなかったらどうなっていたか……暑いんですから、水分はしっかりとってくださいね」
「あはは、面目ないです……発見してくれた三月に感謝だね」
三月と一織が買い物から家へと帰宅する途中、熱中症気味でふらふらと歩いていたAを三月が見つけ声をかけたのである。三月と一織が幼いころは両親が揃って出かけているときには面倒を見てくれたりもした気のいい友人ではあるのだが、自分のことに無頓着なところがあった。他人のことに気を配りすぎて、己のことを後回しにする癖がある。
兄と似たものを感じる、と一織は思っていた。
一織も麦茶を飲み、体温がほんの少しだけ下がった気がした頃、食欲を唆るいい香りと共に三月が登場した。
「おまたせ! ほらほらできたぞ〜」
まだ衣の表面がぱちぱちと弾けている揚げたての鶏肉に、彩り豊かな茄子とパプリカの炒め物。ちくわとキュウリのおつまみ。
思わず目を輝かせる一織とAに三月は満足そうに笑った。待ちきれないとでもいうように手早く料理が乗ったお皿を並べ、各々に行き渡ったところで、
「乾杯!」
カチンと小気味好い音がして、ガラスが触れ合った。
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