【自然に満ちたこの地で】毒と蜂蜜。【CS/派生】

■「或る少女の回想」【短編】 ページ19

孤児院を出発どれ程が経っただろうか。
もうすぐ降り出すであろう雨を予兆する暗い雲に覆われた空を虚な左眼で仰ぎながら、質素な服の少女、エリザベートは思った。

孤児院周辺はまだ様々な建物があり、人の往来もそこそこある閑静な住宅街、といった景観であったが、現在地周辺は寂れた工事や倉庫といったものが並び、人気さえ感じられないただただ広い場所だった。
孤児院のある町からかなり郊外まで来たらしい。

辺りを見回した後に視線を戻すと、少し離れて前を歩く…20代後半か30代位と見える男性。孤児院では確かツバイ、と名乗っていた。

本当にこんな場所に彼の家があるのか。それとも何か策があって敢えて迂回している？幼いながらよく回る頭でエリザベートは思考する。どちらにせよ行き着くのは、世間からよく思われないであろう答えに違いなかった。

「エリザベート君、だったかな」

彼がふと足を止め、此方を振り返って穏やかな口調で話しかけてきた。こくり、と静かに頷いてみせる。彼は暫く此方をじっと観察するように見ていたが、やがて再び口を開いた。

「先に忠告しておく。今から君が飛び込もうとしている世界は、君が暮らしていた世界よりも残酷で残忍な場所だ。勿論世間からも良く思われないだろう。しかし、君の実力が生かせる場所を提供できる自信と保証は確かにある。…改めて聞こう。付いて来るかね？」

断ったらどうするつもりか。
…と問うたなら、彼は何と返すだろうか。
窺うようにその人の顔を見上げるが、そこには何も映されない。ただ、確信があるだけ。全て悟られている。その通り、私にはこれを断る理由が無い。むしろあの孤児院に戻るよりかは大分マシだ。そもそも、断るという選択肢が彼女には初めから存在しない。

再び、静かに頷く。
それを見た彼は大層嬉しそうに言った。

「君ならそう言ってくれると信じていたよ。…じゃあ、」

と、次の瞬間身体が浮き、立て続けにパン、と乾いた大きな音。初めて銃声を間近に聞いた瞬間だった。一瞬自分が撃たれたのかとも錯覚したが、違うようだ。
気付いた時には彼の片腕の中で、彼の肩に頭を突きつけるような体勢になっていた。
はっとして背後を振り向くと、丁度一人の人間が資材の山の傍で軽い血飛沫を上げて仰向けに倒れていくところだった。
男が微笑む。

「…ようこそ、アロウザーへ。エリザベート君」

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