編集長の思惑_izw ページ10
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「Aさんも、いつもありがとうございます。」
ただの裏方に、そんなことを行ってくるCEOは他にいるだろうか。
おそらくその回答はNoだ。
実際、会社員としてとある大企業に勤めていた頃にそんなことは無かった。
あるのは漫画やドラマの世界だけ。
そういう話を読む度に、作り物だーと息を吐いていた。
「いえ、社長にそんなことを言って貰えるようなことは何一つしていません」
「僕はそういうところに惚れてあなたをスカウトしましたよ」
思えば、彼との出会いは道端だった。
会社の資料をばらまいてしまった時、拾う手伝いをしてくれたのだ。
〖社外秘〗
その文字を見て、彼がバッと紙を裏返してくれていたのも記憶に残っている。
「僕たちには出来ないことをあなたがたにやって頂いている。感謝しかありません」
100万人も、あなたがいたからです。
しんみりとそう言われると、納得せざるを得なかった。
「ありがとう、ございます」
「そういうわけで、明日って空いてます?」
「…え、空いてますけど…」
何の用だろう、そう思って彼に尋ねる。
「よかった!あした映画見に行きましょう!」
「映画ですか?」
“Aさんアメコミすきですよね”
見透かすようなその目に逃れられず、小さく頷けば、彼は満足気に笑った。
「良かった!これアメコミなんスけど、俺一人じゃさすがに勇気なくて!」
少年のように笑う彼に思わず見とれてしまったが、これから帰宅しなければならないのを思い出す。
「すみません、お先失礼します」
「はーい、お疲れ様でしたー」
現役学生ライターの方々の“お疲れ様”にペコりとお辞儀して、オフィスのドアに手をかける。
「あ、そうだAさん」
聞きなれた編集長の声に足を止め、振り返る。
彼はいつもと変わらない、人懐っこい笑顔で私に爆弾を落としてくる。
「デートですから」
あぁ、もうずるいじゃないか。
歳下は対象外だと思っていたのに、もう手遅れじゃないか。
私は息を吐き、いつものように歩いていく。
けれど心の中は、穏やかなんかじゃなかった。
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