柔 ページ6
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案内された部屋は、露天風呂付きの和洋室だった。
和室の部分は8畳ほどで、洋室の方にセミダブルの柔らかそうなベッドが有る。
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「こちらに御手洗が…、あちらがクロゼットでございます。お食事は、朝の8時と夕の6時に、お部屋にお持ちするよう承っております」
仲居は相葉雅紀と名乗った。
それを着て生まれて来たのかと思わせるほど、深緑の着物が似合っていて、大野はそればかりが気になった。
広く、ゆったりとした空白の多い部屋だった。
大野がゆっくり息をつけるようにと、二宮が選んだ広さなのであるが、大野には、いささか広すぎるような気がしないでもなかった。
「クロゼットに、湯籠と、お浴衣をご用意させていただいています。お色は紫色でございますが、よろしいでしょうか?」
相葉が、音のない手つきでクロゼットを開ける。中に、浴衣が2着、仕舞ってあるのが見えた。
手に取って渡されたので、大野は渡されるがままに、その浴衣を広げて見る。
小さな麻の葉柄の、淡い紫の浴衣だった。
柔らかな生地が、しっとりと肌に心地よい。
「着方はご存じでしょうか?」
首を横に振ると
「お手伝い致します」
どうやら相葉は、浴衣を着せてくれるようだった。
「そんなに難しくありませんから。次からはご自身で着られると思います」
終始、柔らかく口角を上げていた。相葉が笑うと、微笑みでも白い歯が覗き、だが目元の優しさがその笑みを穏やかに見せていた。
うつくしい人だ、と大野はぼんやり思った。
笑みのうつくしい人。
が、しかし
広げた浴衣が、相葉の手によって背に回され、ぐっと距離が近づいたとき
大野の肩は、びくりと跳ね上がった。
それとほぼ同時に、どん、と強く、相葉は胸を押されて
人ひとりぶんの、距離が空く。
困惑の数秒が、長く流れた。
「…し、…失礼致しました。では…、着方のご説明のあるパンフレットを後程お持ち致します…、他に何かご不明な点はございませんか?」
大野は、肩にかかっただけの浴衣の前を、ぎゅっと胸前であわせ
それからは指のひとつも、動かせなかった。
「何かあれば、フロントに…、あとこれ、筆談にご利用ください」
相葉が机に置いたのは、小さいメモ用紙と、大きめのメモ用紙、そして書きやすそうなボールペンだった。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時