茶 ページ21
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【起きられますか】
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紙に書いて、それを指でとんとんとして示すと、大野は素直に起き上がった。
ただ寒いのか、座ったまま掛け布団を自分の身体に巻き付ける。ずいぶん器用にやった。
白い蓑をまとったミノムシのようになったので、櫻井はクスリと笑ってしまう。それを大野は不思議そうな顔で見た。
【手を出せますか お茶を淹れましたので】
メモと一緒に差し出した湯のみに、ゆらゆらと気持ちのいい湯気が立っている。
恐る恐る、というようすで布団から出てきた大野の両手に、それを握らせた。手先が僅かに触れるとき、やはり彼は身を固くしたけれど、それは一瞬であった。
立つ湯気に、淡い茶葉の香り。
けれどどこか甘い…
【ぶどう茶です 珍しいですが、そんなに癖はありません】
表面を、ふうふうと冷まして飲んだ。
起き抜けの茶は熱く、詰まりを溶かすように喉を通っていった。
(…美味しい……)
飲み上がりは、しつこくないぶどうの香り。
しっとりと 舌に甘くて、大野はゆるやかに目を覚ますことができた。
【少しはちみつを入れてあります 昨晩はほとんどお食事をなさらなかったので、身体が冷えているかと】
身体の芯が、じんと温まる。
指先がほかほかとして、誰かに、ほら、と差し出し、触ってもらいたいような気もしてきた。
しかしそれをするには二宮が要った。彼はここには居ない。
二宮が居ないということは、たびたび大野を不安にさせるのだが、今朝は、さほどそのような気分にもならずに済んだ。
櫻井の、手紙を認めるように選ばれた丁寧な言葉と、熱いぶどう茶。
はちみつが、爽やかな果実の茶を、とろりと甘くみせている。
(はちみつの味……ちゃんとする…)
大野は、巻き付けた布団が、肩から滑り落ちたのにも気づかないで、ひとくちずつ、確かめるように飲んだ。
大野は嬉しかった。
優しい誰かが持ってきてくれた美味しいものに、おいしいと思えることが嬉しかった。
【おいしいです ありがとう】
ほっこりとした嬉しさそのままに、
温まった指先で書いたら、不思議と、おいしいですありがとう、の文字も、温かく微笑んでいるような感じが出た。
櫻井が、自分と同じ、目線の高さで、ふうわりと優雅に微笑んで
よかった
と、口を動かし、そのまま、白い歯を見せて素敵に笑うのを
大野は、音の無い映画でも観るような気分で、見た。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時