醒 ページ19
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眠りに入る途中で、思い出の夢に落ちそうになって
大野は、ハッと目を覚ます。
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丸めた背中に、じんわり汗をかいていた。
(…やなこと考えた)
もっとぐっすり眠りたいのに。昼寝をしてしまったせいかもしれない…と思いながら
広いベッドに仰向けに寝がえりを打ち、ふう…と短く息を吐く。
少し開けた窓からの風が、汗を乾かしてすうすうと、気持ちが良かった。
ベッドのサイドテーブルに、ぐんと手を伸ばすと、カサカサと薄い紙に手が当たる。
それを摘まんで持ち上げ、顔の前に持ってきた。
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【急ぐこと、無いですよ】
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綺麗な字だった。とめ、と、はらい、が、ボールペンで書いたのにしっかりと見えた。
指先で、その文字の羅列をなぞってみた。とくになんともなかったけれど、その言葉に、さわってみたかった。
(いそぐ、こと……ない…)
急ぐこと、無いですよ。
その響きが、大野にとって心地よかった。
ひらがなと漢字と、句読点のバランスも、なぜかゆったりと、こちらの心を落ち着かせるようにできていた。
すう、と大きく息を吸って、吐いてみる。
息をしている感覚が、くっきりと有った。
ベッドからも、夜の庭が少しだけ見えて、その緑が、やけに目に優しかった。
【急ぐこと、無いですよ】
その言葉を、破らないように握って、もう一度横向きに寝転んだ。
今度はずっと重く、きもちよくベッドに身体が沈む。
それからは、どうでもいいようなことばかり、頭に浮かんできた。
たしかここには、7つ外湯があるみたいだ。
湯上りに城崎の地ビールを飲むと良いと、相葉が言っていた。軽い酒ならビネガーを。
川筋の柳は風流で、屋根の低い街並みも、なかなか穏やかであるらしい。
飽きれば海でも見に行けばいいと、二宮に言われたような気がする。
ひとの話ばかりで、自分は城崎の景色を、ひとつも見ずにここへ来た、と大野は思った。
車の窓から、ぼうっと眺めてはいたのだが、あのときは視覚も聴覚も、ぼやぼやと靄がかかったように不安定で、不確かだったので、役に立たなかったのだ。
(…あした…朝ご飯、なんだろ)
深い森の、ゆりかごのような微睡みのなかで
自然に空腹を感じながら、大野はそっと、目を閉じた。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時