刃 ページ18
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大野は途方に暮れていた。
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テーブルの上に、必死で集めてきた刃物、そのうちのたったひとつさえ
大野を楽にすることを手伝ってはくれなさそうだ。
人の肌を切るように、できていない。
文字通り、すとん、と床に座り込む。
フローリングは冷たかった。
このままじっとしていたら、冷え切って凍り付いて、そのまま割れてしまえないだろうかと、叶わぬ期待をした。
誰か
誰か助けてくれないか。
頭を抱えて、喉を枯らして、半狂乱になってそう叫ぶことができたのなら
少しは楽に、居れたかもしれなかった。
が、大野はもう
「だれか」と、無邪気に手を伸ばすことに、ほとんど失望していた。
そうやって縋った「だれか」の手が、いつのまにか黒い欲望の足に変わって
今度こそ、自分がほんとうに擦り切れてなくなるまで、踏みつぶしに来ると
無意識の彼方で、そう思っていた。
『え、あ、なんだ、起きてんの。居るなら居るって言っ……、』
リビングから、大野の自室に続く扉を開けた二宮は、つ、と口を噤んで、しばらく身を固くした。
ローテーブルの上に集められた小物たちの共通性に、気がつくまでに時間がかかった。
カミソリの持ち手も、カッターナイフの持ち手も、はさみの持ち手も、ポップで無害なパステルカラーをしていたためである。
カッターナイフの刃が、必要以上に伸びていることに、ようやく気がついて
刃物だ、と、瞬間的に二宮は理解した。
ほとんど飛びつくようにして、大野の身体を調べた。
どこを切った、どこを切ったと、耳のうしろから顎の下、足先手先まで、大野を人形のように確認して
どこにも傷がないことに、長く走ったマラソン選手のような、ため息をついた。
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『ちょっとさ……、休もっか』
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テレビでも見ようか、と言うときの、何気ないトーンだった。
それが二宮の声で鳴った。
ぽとり
と、フローリングにひとつ、落としてからは歯止めが効かず
大野は、表情の無い瞳から、ぽろぽろと取りこぼすように、泣いた。
ただ隣で座っていてくれる、二宮の温かさ
これだけは絶対に信じたいのに
これも、人のあたたかさで
騙されて写真を撮られた、あの時間のあたたかさと、なにが違うのか
さっぱり、ちっとも、見分けがつかなくて
どれがほんとか、もう分かんない…
と、
絶望に似た気持ちで、泣いた。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時