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大倉くんの指先の煙草から上がる細い煙と、大倉くんが吐く煙がふわふわと宙に広がる。
私たちはいくらかの間、特に言葉を交わすわけでもなくそれぞれが屋上から見える景色をぼんやり眺めていた。
「…大倉くんが言ったとおり、」
煙草の匂いが鼻をくすぐる。
見上げると下弦の月は雲で半分隠れていた。
「亮のことは好きだよ。…でも別に、何も望んだりしてない。ただ、消えないだけなんだよね。」
好きという気持ちはどんなにわずかでも消そうと思って消せるものではないことを私はとっくの昔に学んだ。
「…いつから?」
大倉くんはパーカーのポケットから携帯用の灰皿を出すと吸い終わった煙草を入れる。
「大学生の時から。バイト先が一緒で、仲良くなった。」
「…長いな。」
「でしょ。笑ってくれていいよ。」
おどけたように言ってみたのに、大倉くんは横目でじいっと私を見ると、
「そんな泣きそうな顔で言われても笑えへんわ。」
すこし唇を尖らせてそう言った。
「そんな顔してた…?」
手のひらで自分の顔をぺたぺたと触りながら尋ねると大倉くんは短く頷く。
「ずっとな。結婚式ん時も、こないだ亮ちゃんと電話してた時も。不幸そうな顔しとる。」
やさしく吹いた風が大倉くんの前髪を揺らした。
「大倉くんって、基本的に失礼だよね…。」
「そう見えたんやからしゃあないやん。」
大倉くんは不貞腐れた子供みたいな顔をしたから私はまた苦笑いを浮かべる。
「仕事、大変なん?」
「うん、まあ。今日はまだ早く帰れたほうだけど、だいたいいつも帰ってくるのは日付変わってからかな。」
「…そら倒れてもおかしないわ。」
「あの日は体調も悪かったし、仕事も積んでたし、恋人の浮気現場は見るし、亮から電話はかかってくるしで厄日だったんだよ。」
「うわ…ヒサンやな。」
眉を寄せてうすく笑った大倉くんに「だよね」と私も笑った。
雲に隠れていた半月がまた顔を出して私たちを照らす。眩しくて私は目を細めた。
「…なんかいいことないかなぁ。」
柵の上に頬杖をついて空を仰ぐ。
「いいことってたとえば?」
「んー…、それがあっただけでしばらくは辛いことがあっても笑い飛ばせちゃうようなこと。」
思い出して思わずにっこりしてしまう何か。
巨大な孤独に蓋をしてくれる何か。
際限なくやさしい愛情を注いでくれるひと。
決して欲張りはしないから、何かひとつだっていいんだ。
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蒼 夢見子(プロフ) - すぅさん» すぅ様、初めまして。コメントありがとうございます^^私には勿体無くも有難いお言葉いただけてとても嬉しいです(涙)これからも楽しんでいただけるものを書けるよう頑張ります! (2018年12月3日 11時) (レス) id: d57fe18bd1 (このIDを非表示/違反報告)
すぅ(プロフ) - こんばんは。今まで読んできた小説のなかで一番素敵な物語です。これからも応援しています (2018年12月3日 0時) (レス) id: 6e6892a55b (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 茜音さん» 茜音様、こんにちは。こちらにもコメントいただけてとっても嬉しいです...(涙)この間とはすこし違ったいたずらで甘い大倉くんを書きたいなーと思い書き始めました。そう言っていただけると俄然執筆への意欲が湧いてきます!ありがとうございます^^ (2018年11月21日 10時) (レス) id: d57fe18bd1 (このIDを非表示/違反報告)
茜音(プロフ) - こんにちは!こちらのお話にもコメント失礼します。優しいんだか冷たいんだか分からない大倉くんとっても魅力的です好きです(;_;)ヒロインちゃんが幸せになれることを密かに願いながら応援しております、、、! (2018年11月21日 0時) (レス) id: c4843d23a9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2018年11月13日 22時