「下弦の月と虫の声」 ページ14
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病からの脱却、から仕事への復帰は思った通り、過酷なものだった。
結局熱が普通に動けるくらいに下がるまで3日間かかってしまって、案の定仕事は溜まりに溜まっていた。次の会議のためのレジュメ作り、後輩への教育、取引先とのやりとり、発注作業。とても一日馬車馬になって働いたところでどうにかなる量じゃない。
病み上がりで無理したらまたすぐ体調を崩すことくらい容易に予測できた。
さすがに私もそこまで馬鹿ではないから、今日は持って帰れる仕事は持ち帰って10時には帰宅した。
金曜日の空はすこしだけ雲が浮かんでいる。
月は半月だった。調べてみたら、今日は下弦の月らしい。
いつものように屋上の柵に寄りかかり、私は空を仰いでいた。病み上がりだから今日はアルコールは我慢。
早く寝たほうが良いのは分かってるけど、明日彼と会う約束しているからか、なんだか落ち着かなくて屋上にきた。
相変わらず夏の空気はしめっていて、Tシャツの袖から出た腕を生ぬるい風が撫でる。
あれから大倉くんとは特に連絡を取ってはいなかった。連絡したほうがいいんだろうかとか、改めてお礼をしたほうがいいんだろうかとか考えていたけど今日はそんな余裕がなかった。
明後日にでも、連絡してみようかな。お金も返さなきゃいけないし。
そんなことを考えてから10分も経たなかったと思う。
背後でドアが開く音と足音が聞こえて振り返ると、大倉くんがいた。
「「あ…」」
目が合ってちいさな声が重なる。
「体調、ようなったん?」
スポーツサンダルを引きずるみたいな音を立てて大倉くんはこちらに近づいてきた。
スーツの時とは違う髪型。目にすこしかかりそうな前髪から私を覗く。真正面からみると思わず息を飲むような端正な顔。
「うん…今日から仕事戻ったの。」
「なら良かったけど。」
そう言ってポケットから煙草の箱を出すと一本咥えて火をつけた。
「あ、お金…この間の。いくらだった?」
「…ああ。もう忘れたわ。ええよあれくらい。」
「でも、」
「そないお金に余裕ないわけちゃうし。」
柵に肘をついて口から煙を吐き出す大倉くんに私は苦笑いを浮かべる。
「…この間はありがとう。」
虫の音と、私の声以外何も聞こえない静かな夜。
大倉くんは煙草を咥えたまんま私の顔を横目で見て、
「いーえ。」
と呟いた。
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蒼 夢見子(プロフ) - すぅさん» すぅ様、初めまして。コメントありがとうございます^^私には勿体無くも有難いお言葉いただけてとても嬉しいです(涙)これからも楽しんでいただけるものを書けるよう頑張ります! (2018年12月3日 11時) (レス) id: d57fe18bd1 (このIDを非表示/違反報告)
すぅ(プロフ) - こんばんは。今まで読んできた小説のなかで一番素敵な物語です。これからも応援しています (2018年12月3日 0時) (レス) id: 6e6892a55b (このIDを非表示/違反報告)
蒼 夢見子(プロフ) - 茜音さん» 茜音様、こんにちは。こちらにもコメントいただけてとっても嬉しいです...(涙)この間とはすこし違ったいたずらで甘い大倉くんを書きたいなーと思い書き始めました。そう言っていただけると俄然執筆への意欲が湧いてきます!ありがとうございます^^ (2018年11月21日 10時) (レス) id: d57fe18bd1 (このIDを非表示/違反報告)
茜音(プロフ) - こんにちは!こちらのお話にもコメント失礼します。優しいんだか冷たいんだか分からない大倉くんとっても魅力的です好きです(;_;)ヒロインちゃんが幸せになれることを密かに願いながら応援しております、、、! (2018年11月21日 0時) (レス) id: c4843d23a9 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:蒼 夢見子 | 作成日時:2018年11月13日 22時