happIness*2-15 ページ15
久しぶりに、黒川さんに会った。
元気ですか？と聞かれて、私はにっこり笑って頷いてみせた。
気づいていないはずがない、
黒川さんは私のことをよく見ていて、体調も食事の有無も、
嘘をついたっていつも見破られてきた。
.
"今日病院ですよね？送りますよ"
と連絡がきて、ああ、忘れられていなかったと安堵した。
あの時事務所で聞いてしまったあのやり取りを、
私は忘れられないでいる。
.
ハンドルを握って車を運転する黒川さんは、
私が知っている黒川さんで、もう何年も見続けてきた後ろ姿だ。
バックミラーでこちらの様子をちらりと伺うのも、
穏やかな声も、いつも通りなのに、スーツの袖から見えた腕時計だけが、いつもと違っていて私はひどく動揺した。
.
診察室まで着いてきてくれるという彼の少し後ろを歩きながら、
とんとん、と肩を叩いてみる。
首だけを動かしてこちらを見るその表情に、
この人に離れて欲しくないと思った、なんて我が儘なんだろう。
私から離れれば、出世間違いなしなのに。私が、邪魔をしているのに。
.
とんとん、と自分の手首を指差して、ジェスチャーで伝える。
きょと、と瞳を一瞬揺らしたあと、あぁ、と合点がいったように頷いた黒川さんは、
「壊れたので、新しくしました」
と言ってまた前を向いた。
.
ついこの前までアナログ時計がついていたそこには、
ちいさな液晶画面が鎮座している。
……壊れた時計は、捨てられてしまうのだろうか。
それとも、思い出として暗い箱の中にしまっておくのだろうか。
.
アイドルとして、タレントとして、"壊れた"私は、
黒川さんの手元に、置いておいて貰えるのだろうか。
.
カウンセリングルームに入って、いつもと変わらないやりとりをした。
目の前のその人はいつも通り笑って、また3日後に、と言う。
.
そこから出た私と入れ替わるように、
黒川さんが部屋に入っていった。
ちょっと待っていてくださいね、と言い残して。
.
なんだ、仕事か。
事務所の偉い人に、私の状態を確認してこいと言われたんだろう。
部屋で行われているのは、
現状の把握と、今後の擦り合わせだろうと想像がついた。
.
私は"商品"だから、壊れてしまったら売れない。
そんな単純なことだ、
売れないものは、捨てられる。
それも、単純なことだった。
.
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