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kn. ページ10

平和の礎になった彼の話。










散り逝く君の魂乗せて、二度と戻らぬ船は遠く。

覚悟の海に君は漕ぎ出す、鉄の城を見上げて。







それは我が国が戦に負けてから1年と少しが経った寒い冬の日だった。

壊された生活がやっとなんとか安定してきて、来年は幾らか穏やかに年を越せるだろうかなどとぼんやり思いながら朝餉の準備をしていた。
「ごめんください」と、まだ日も昇り切っていないのに誰かが訪ねて来たものだから大層驚いてしまいながらも返事をして玄関に向かい戸を開けると中年の男性がそこに立っていた。
男性は私を確認すると分厚い眼鏡を押し上げながらくたくたになった手提げ鞄から一枚の紙切れを取り出し、それを半ば押し付ける様に手渡すと頭をぺこりと一度下げ「失礼致しました」とその場を後にした。


薄い紙切れを裏返して、目線を走らせて、そうして息が詰まる。



──ああ、分かっていたのに。

──とっくに分かっていたはずなのに。

──それでも往生際悪く貴方の帰りを待っていたのに。



薄っぺらく質の悪い紙切れには、夫が最強と謳われたはずの鋼鉄の城と共に海に沈んだと書かれてあった。
勇敢であったと、名誉あることなのだと、ただ水泡に帰しただけの夫の命を思ってもいない言葉で飾り立てて。
誉れ高い命であったなら、こんな貧相な紙切れ一枚で、たった数行の文字の羅列だけで、纏められていい訳など何処にもありはしないのに。



貴方を思えど届かぬ祈りまた一つ、せめて無事に笑顔を見せて欲しかった。


あの時みたいに、快活に、豪快に、笑って、私の名前を、呼んで欲しかった。


戦は終わった、終わったのだ。

私から貴方を奪って、貴方を海に還して。


戦死公報をぐしゃりと握り潰して、朝餉の支度もそのままに家を飛び出した。
がむしゃらに、無我夢中に、走って、走って、走って。


息が切れ足が縺れそうになってやっと止まった場所は、皮肉にも貴方を捉え城と共に飲み込んだ海だった。
白い砂浜に膝を付き勢いよく咳き込むと微かに血の味がした。
段々と昇っていく朝日に照らされた水面は憎たらしいくらいに美しく、瞳を焼かれる様な痛みを錯覚する。


『ふっ、う…うう…ああ、ッ!』


まるで栓を抜かれてしまったかの様に涙がぼろぼろと止めどなく溢れ体を丸めて嗚咽を漏らした。
しゃくり上げるほど大声で泣き叫びたいのに何かがつっかえてうまく声が出ない、息だってまともに吸えない。

◇→←◆



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作者名:える。 | 作者ホームページ:なし  
作成日時:2023年11月17日 10時

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