【d!】明日の月も綺麗でしょうね？ (ページ21)

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翌日、女の計らいもあり、エーミールはこの教会で雇われる事となった。

女──Aという女は、聖母と呼ぶに相応しい女だった。

彼女も孤児であったが、この教会に拾われその身も心も神に捧げた心根の優しい女であった。
朝、昼、夜、深夜、一日4回に及ぶ神へのお祈りはシスターとなった今でも欠かしたことはなかった。
彼と出会ったのは、そんな深夜のお祈りの最中であったのである。
全くの偶然、しかし彼女の美しさに魅せられた彼は、今まで生きてきた中で一番の多幸感に包まれていた。
彼女と出逢うことが出来た、彼女の傍に置いて貰えることを許された、彼女の役に立つことが出来る。
エーミールは、とてつもなく幸せだったのである。

しかし彼は知っていた、人間とは何処までも欲深く業の深い生き物であるということを。

そして彼は理解していた、例に漏れることなく自分も紛うことなき人間であることを。

エーミールは初めて恋を知り、そしてソレが火種となりこの身を灰に帰すべく燃え盛る愛欲の炎の熱さを知った。
彼は恐ろしかった、そして苦しかった。
身体は焼かれ心はぎりぎりと締め付けられ今にも潰れてしまいそうだった。
彼女に触れることが出来たなら、抱き締めて、口付けて、その白い肌を月の下に晒して、それから。
毎晩毎晩そう夢想してははた、と我に帰り穢らわしく愚かしい自分を心底軽蔑し血が出るほど唇を噛み締めながら泣いた。
そうした夜がゆっくりと彼を蝕んでいき、やがて彼は愛すべきAに的外れな怒りを抱く様になった。
私をこんな風にしたのは彼女なのに、彼女はこんな俺の淀んだ汚らしい劣情など露ほども気付かず微笑みかけてくる。
やっと真っ当になれると思ったのに、聖母の傍で人生をやり直せると本気でそう思ったのに。
聖母？否、彼女は聖母の皮を被った悪魔だ。私を誘惑し貶める悪魔なのだ。

あなたのせいだ。

小気味のいい針の音と彼の息遣いだけが、静寂を称える部屋の中でまだ息づいていた。
エーミールはふらりと首を上げ時計を確認すると風が吹けば飛ばされてしまいそうなほど弱々しく立ち上がり、彷徨う亡霊の如くよたよたと部屋を出た。
向かう場所は決まっている、もうすぐ祈りの時間だ。

聖母か、はたまた悪魔か。この目で確かめてやる。