【d!】明日の月も綺麗でしょうね？ (ページ12)

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os. ページ12

焦れったい彼の話。

芯まで冷える様な冬の日に、春の陽だまりを見た事はあるか？

ちなみに俺は現在進行形で見ている。
しかし春の陽だまりというのは当然比喩で、俺の主観から出た言葉であるからして、それが地上に舞い降りた天使でも此岸に迷い込んだ天女でも同義だ。
彼女を表現する言葉なんて俺のちっぽけな脳みそでも溢れんばかりに零れてくる。

いや、そもそも俺のちっぽけな脳みそから零れた程度の、チンケで陳腐な言葉や単語の羅列じゃあ彼女の美しさを表すことなんて到底出来ないかもしれない。
どんなに高尚な詩人だろうとどだい無理な気さえする。

そのくらい、彼女は美しい。

俺の愛しい世界で唯一の恋人は、美しいのだ。

水曜日の二限倫理学、一番後ろの一番高い席。

学科の違う彼女と本日かち合う授業は睡魔と永久契約をしているこの授業だけ。
空けてもいいコマをこんなつまらない(少なくとも俺にとっては)90分に宛がったのは徹頭徹尾100%彼女の隣を陣取り彼女を見つめる為である。
今だって、透き通る様な細長い白い指で髪を掬い流れる様に耳にかけている彼女の横顔から目が離せない。
美術館で神々しくも美しい絵画に心を奪われている気分だ、気付けばもう30分はゆうに超えている。
彼女は俺のそんな視線を気にも留めず、かりかりと右手でシャーペンを走らせ板書が終わるとじっと教授を見つめながら眠気を誘う様な淡々とした彼の言葉に耳を傾けていた。
仕事の出来る睡魔も彼女にはどうやら敵わないらしく、その硝子玉の様な綺麗な瞳は瞼に隠れる事なくただ一点を見つめている。

きれい、綺麗だ。
緩やかに上へと上がっていく口角を抑えるのに必死である、寧ろ努力虚しくもうにやついてしまっているかもしれない。
まあ別にええんやけど。
その為に一番後ろに陣取っているので。

ふと、ちらりと視線を下に向けると彼女の左手が目に入った。
彼女の陶器の様な美しい左手は机の上に投げ出されるでもなくノートを押さえるでもなく、ただだらりとそこにある。
心なしか物寂しそうにさえ見える。

──手、繋ぎたいな。