第19話 ページ19
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「夏が終わるの寂しい?」
防波堤に腰をかけたAは両足の浮遊感を感じながら越前に問いかけた。
後輩という立場の答えは自明だとわかっていながらAは問いかけたことを、悪いとは思っていなかった。当たり前を当たり前にできることが至高だ。
「先輩は?」
無言は肯定だ。
ワンクッション置いた上で越前はAに言葉を返した。
「寂しくないよ、早く終わってほしい」
これは間違いなくAの本心から来た言葉だった。
夏は単純に暑いし湿気でイライラする。女性として夏に嫌悪感を抱いていた。夏に対する価値観が2人が合わないことを分かった上で問いかけたAは、意地悪をしたことを少しだけ反省した。
「俺もだよ」
思っていたのと異なる返答にAは思わず越前に視線を向けた。越前は悪戯な笑みを浮かべていた。
なるほど、嵌められた。
「…嘘だよ、俺は終わってほしくない」
その瞬間、越前の瞳が切なげに歪んだのをAは見逃さなかった。
「どうして?」
「まだこのままでいたいから」
越前の瞳にAは映っていなかった。
越前の瞳は夕焼けに染る海面を映し出しているだけで、Aは心情を読み解くことができなかった。
時の流れは留まることを許してくれない。誰しもがそれを越えて生きているのだ。
「きっと笑われるんだろうけどね」
前を向いたAは越前がどんな表情を浮かべていたのか見ることはできなかった。自嘲気味な声質がAの耳には届いていた。
「私も笑う側だね」
真っ直ぐ前を見据えたAの瞳に越前が映ることはなかった。越前はAの華奢な肩を見つめてAは自分とは違う生物なのだと実感した。越前は震えそうな唇を噛み締めて、ぎこちなく笑った。
「呼んでもいい?」
「うん、いいよ」
お互い貸しがあった。これは貸しを返すための条件みたいなものだった。口約束が擽ったかった。
守れない約束はしない、Aのモットーだった。
「似合ってるよ」
脈絡のない越前の言葉にAは目を点にさせた。あぁ、とAは1人で納得し薄く微笑んだ。
「ん〜」
「分かってるの?」
「分かってるわよ」
本当は彼の真意は何一つ分からないし、分かろうとも思っていない。だけど、夏だ。全部夏のせいにしてしまおう。
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福原(プロフ) - ぱーぷる姫さん» ありがとうございます❤︎ぱーぷる姫さんにそう言っていただけて光栄です( X_X ) (2月24日 1時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
ぱーぷる姫(プロフ) - 涙が溢れ出ました!あまりに綺麗で切ない表現に何度も読み返しました。ありがとうございました! (2月18日 15時) (レス) id: 4d7ac923b9 (このIDを非表示/違反報告)
福原(プロフ) - 幸絵さん» ご感想ありがとうございます(;_;)またどこかで2人が会える日がくることを願っています、、リョーマ!失恋組!初遭遇です!やはり初恋は実らないものですね、、 (2021年11月10日 9時) (レス) id: cc2ff694b3 (このIDを非表示/違反報告)
幸絵(プロフ) - 完結おめでとうございます!ついついヒロインの先輩と結ばれて欲しい〜って思ってしまいました。話は変わりますが、『劇場版リョーマ!』私も失恋した気分になりました! (2021年11月10日 6時) (レス) id: 4696a5fece (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:福原 | 作成日時:2021年9月17日 0時