3話 ページ34
「またそれですか…」
「だってそうじゃん」
「ふ、ふふっ」
「にひひっ」
少し前まであった不穏な空気はどこへ、というふうに二人の間には柔らかな雰囲気が漂っている。Aは手を取ると額に持っていく。まるでその姿は何かに祈るようにも見えた
「……諦めるのは最後までいっぱい頑張ってからにしてね。私が言いたかったのはこれだけ」
目を合わせてこくりと1つ頷く大和。それでいい、二人の間にはもう会話は要らないほどの信頼があるのだから
落ち着くと大和はAの頭に手を置いて髪を撫てた。ゆっくり、噛み締めるように、会えなかった分を補うかのようにしていた
「まだ、戻ってこないんですよね」
「…うん」
「ちゃんと帰ってきますか」
「もちろん。ちょいと時間はかかるけど」
だから泣きそうな顔しないでよ、と頬を撫でるA。自分にしか見えない彼女が笑っているのを見て、どこか儚く、あの日の陽炎のようにゆらりと揺れていた。もう彼女は行ってしまうのだと嫌でもわかる
「にひひ、ほら笑顔笑顔!お別れって言っても少しなんだから」
「…っ」
いつもと変わらない笑顔をするA。つられて大和も微笑む。だが、何を思ったのか彼女の髪をひと束取り、そっと口を付けた
「っあ…」
Aは何故というように目を大きく開いている。彼は微笑むだけですぐ髪を離した。サラリと零れる髪は陽の光に当たって細い糸のように見える。既に透けているAを眩しそうに見て、大和はまた笑った
「少しのお別れでも辛いんですよ。だってボクは貴方のこと────」
無慈悲にもその言葉は彼女に届くことは無く、風がさらっていく。最後に見えたのこちらへ手を伸ばしている酷く悲しそうな顔をしたAだった
また彼女にあんな顔をさせてしまった。そう思う大和だったが、どこか幸福感があった
自分が、自分だけが彼女の笑顔以外の顔を見ることが出来たという幸福感。この気持ちは彼にとって吉となるか凶となるか、まだ分からない
───────
だって、ボクは貴方のことが好きなんですから
髪への口付け
我慢
愛おしく思う
⿴⿻⿸
しくしくと泣く音がする。段々それは嗚咽混じりになり、苦しみさえも感じる音。Aはどの世界にも飛ばずに時間の狭間で留まっていた。ただ、前だけを見ている。その顔からは涙は出ていない。でも、音を出しているのは彼女だった。その隣にはあの綿毛がいる
「…」
"だから言ったのに"
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雲雀 - まいさんへ俺は亀更新でも楽しみに待っています。なのでゆっくりでもいいので更新楽しみに待っています。 (2021年9月30日 19時) (レス) @page29 id: 69d630334c (このIDを非表示/違反報告)
まい(プロフ) - 雲雀さん» コメントありがとうございます!亀更新ですがよろしくお願いします。 (2021年9月27日 12時) (レス) id: ed3b470f19 (このIDを非表示/違反報告)
雲雀 - 面白かったです。これからの更新頑張ってください!楽しみにして待っています。 (2021年9月25日 15時) (レス) @page32 id: 69d630334c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まい | 作成日時:2021年5月3日 14時