【短編集】楽器さんたちとの日常

エレクトーンさんとの日常 ページ22

｢午前8時29分35秒 システムを全面起動
電源・電圧 安定
基盤・センサー 共に正常
各種レジストレーションデータ 正常
その他システム 全て正常

……これより、全システムを起動します｣


電源プラグを差し込み、電源ボタンを押す。
一通り確認を終えてから、彼女はゆっくりと目を開いた。


｢おはよう、エレクトーン。……とりあえず確認だけど、現時点でどこか調子が悪いところはある？｣


｢マスターからの指令により、再度全システムの動作確認を行います。

…………確認終了 全システム 異常ありません｣


｢そっか、安心したよ。……さっそく始めようか｣


祖父のスパルタ教育の甲斐あって、大抵の楽器なら自分でなんとかできるが、電子楽器は専門外だ。

簡単な部品の交換ならなんとかできるが、エレクトーン心臓部とも言えるDMボックス内の基盤に問題が起こってしまえば、他の業者に依頼する他ない。


｢…………｣


｢どうかした？
……悩みごとがあるなら聞こうか｣


｢悩みごと……と言うより、率直な疑問なのですが。
マスターは、本当に私のことを“楽器”だと思っているのですか？｣


｢え？ 当たり前だよ。……どうして？｣


｢……私の音は、所詮他の楽器の音を内蔵しただけのレプリカ。他の楽器(オリジナル)とは違います。

私は……楽器と言うよりは、むしろ電化製品に近い存在なのではないでしょうか｣


……彼女の無表情な瞳に、一瞬暗い影が落とされたような気がした。


｢……そんなふうに思ってたんだ。
うーん、そうだなぁ……エレクトーンは、“楽器”の定義ってなんだと思う？｣


｢定義……音楽に使用される音を出す器具、でしょうか？｣


｢うん、一般的にはそうだね。……じゃあ、“音楽”ってなんだと思う？｣


｢……申し訳ありませんが、私に検索機能はついていません｣


……彼女は、私のひどく抽象的な質問に少しイラついた様子でそう答えた。


｢あはは、ごめんごめん。

考えてることを言葉にするのは、あまり上手くないんだけど……雨音や波の音も、人々の話し声や電車の発車音も……私は音楽だと思ってるよ｣


｢……よく、分かりません。
それらは音楽ではなく、環境音ではないのですか？｣


……昔、私が祖父に聞いたのと全く同じ質問だ。
祖父の言葉をひとつひとつ思い出すようにしながら、私はゆっくりと話し始めた。

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