四季紡ぎ。 (ページ9)

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初陣の空【紀ノ川叶星】ページ9

「ぴんぽんぱんぽーん！夏班班長、早川綾音からのお知らせでーす。これより、『初雪奪還戦』を行います。手の空いている四季紡ぎは今すぐ出動するよーに....」

＿＿＿響き渡るその声を聞き、転移所の雑踏を覗き込んだのは、俄かに煌めく月白の髪を靡かせた、ジト目の小柄な少女であった。

「初陣の時間デスか」

少女は独り言とともに空を仰ぎみるが、この時期に降る筈の初雪はとんと止み、空は曇天が広がるばかりだ。
転移所では、待機する四季紡ぎ達が何やら手持ち無沙汰といった感じでそわそわしていた。
今日に初陣を迎える彼女らは、まだ所詮は烏合の衆にすぎない。彼女らの間には、未だ言い知れぬ緊張感が漂っているようであった。

「フム...。地球人はこういう時、人という字を10回描いて飲み込むと聞いたことがあるデス。
しかしどういう意味があるんデス？
同族を食べられるくらいだから破壊者とか楽勝的な？」

ムズカシそうな表情を浮かべながらアホが透けて見える言動をこぼし、少女は曇天の空にスイスイと人の文字を書き連ねた。

そう、空中に。

彼女の指先から目の覚めるような光の筋が紡ぎ出される。
その冴え冴えとした光の束は、先刻、“冬銀河”と呼ばれ、冬の寒空にゆうゆうと跨るものであった。

少女は、光の筋で描かれた人の文字を10個、ぱくりとやった。

「...ボクの能力、味が無くてあんま美味しくないデス。残念なのデス」

少女はアホ毛が不機嫌そうにゆらゆらと揺らし、咀嚼しながら言う。
そうして、人の字を物理的にごくりと飲み込み、大きなため息を吐いた。

少女が不満気であるのは、決して光の線が不味かったからではない。
自らの能力で紡いだ小さな銀河が、八年前、最後に見たそれに比べて格段に劣るものであるためだ。
齢十の少女が憧れたその夜空は、今や見ることすら叶わない。

季節は破壊者によって失われて久しく、変わらない風景は人々の感覚を烏兎匆匆(うとそうそう)にさせてしまっている。
古来より受け継がれてきた、季語にされるような光景が人々の記憶から消えるのは、そう遠くはない未来の話だ。

「そんなこと、いやなのデス」

少女＿＿紀ノ川叶星は“四季紡ぎ”である。

彼女がやるべきことは一つ。
破壊者の殲滅だ。

一期生の二の舞は踏まないと。
心の中でそう息巻きつつ、初陣に向け、紀ノ川叶星は大地を踏みしめた。