邯鄲之夢【文豪とアルケミスト】

不変 ページ10

風月は、ワシに興味ないと言うかのように、本から目を離さずにそう言った。あまりに他人行儀な、無気力な彼の声だ。

「織田作之助や。覚えとるよな？ 京夜クン」

太宰クンに風月と呼ぶなと言われたから、わざと「京夜クン」を強調して言ってやった。名前を呼ばれた京夜は、やっと本から目を離す。そしてまじまじとワシの顔を見つめた。

「⋯⋯織田作くん？ 久しぶり？ だね」

変わらない。慣れた人になると口調が砕けるのも、変なところで疑問符が入るのも、織田作くんという呼び方も。やはり風月は風月だ。変わることはない。

風月は、座っていた背の高い椅子からふわっと飛び降り、静かに着地する。身長は、椅子に座っていたから高く見えたものの、ワシよりもはるかに低かった。だが、本人にその事を話すと口を聞いてくれなくなるので黙っておく。

「よぉ、そないな暗いところで本が読めるなぁ。目ぇ悪くなんで」

窓からは月が見えた。青白い、丸い月が。太宰クンと、安吾と、風月。四人で飲んだあの夜を思い出す。もっとも、風月とワシは酒に弱く、太宰クンと安吾を一生懸命連れて帰った思い出のほうが心には残っている。

「もともと悪いから。あと、月があるから平気」

風月は、その筆名の通り自然の美しいものが好きだった。その中でも、月は特別に。きっと、彼は月と本と、幸せな時間を過ごしていたことだろう。

「何の本読んでたん？」と聞くと、「太宰だよ」なんて短い返事が返ってきた。予想通りの答えで、ワシは苦笑してしまう。

「⋯⋯織田作くんの本も読みたいな。今度、読むね。ここにあるよね⋯⋯？」

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